【あの時何が 県災害対策本部編⑤】国と県つないだ「ミニ霞が関」

熊本日日新聞 | 2017年7月31日 00:00

県災害対策本部と政府現地対策本部の合同会議。当初は県と国がそれぞれ対応状況の報告に終始し、意思疎通の不足が懸念された=2016年4月17日、県庁

 「官邸から青空避難の解消を強く指示されている」。熊本地震の前震発生を受け4月15日午前、県庁に入った内閣府副大臣、松本文明(68)が知事、蒲島郁夫(70)に迫った。

 大きな余震への恐れから屋外が安全と感じていた避難者を、テレビ報道などで「避難所の不足」と官邸は受け止めた。事情を説明しながら、蒲島は認識の違いを痛感した。

 県庁新館10階の県災害対策本部と、2階に同日から設けられた政府の現地対策本部(政府現対)。政府代表の松本は16日、官邸とのテレビ会議で自分の食事を“強要”し、20日に更迭されたが、午前と午後の1日2回の合同会議は続いた。

 ただ、100人前後の県と国の関係者が顔を合わせたものの、それぞれの状況報告に終始。双方から意思疎通の不足を案じる声は少なくなかった。

 県危機管理防災課長、沼川敦彦(54)は行方不明者数をたびたび問い合わせる政府現対にいら立ちを感じていた。消防と警察で異なる報告に確認を急いでいたが、まだ数を合わせる段階ではなかった。「情報が錯綜していて」。込み上げる怒りを抑え、答えた。

 「互いに言いたいことが言えない空気が流れていた」。内閣官房内閣審議官として19日に政府現対に入った兵谷芳康(58)も県と国の“距離”が気になった。総務省出身で2008年から4年間、熊本県の副知事を務めた兵谷。県庁内の座席表を手に顔なじみの幹部に電話をかけ始めた。

 避難所の過密、救援物資の不足、幹線道路の寸断…。課題は山ほどあった。「合同会議とは別に県と国が本音で情報交換し、対応を詰める場が必要だった」と兵谷。

 農林水産省や経済産業省、国土交通省などから政府現対に派遣されていたメンバーは、熊本のローマ字の頭文字と派遣メンバーの数から「K9(ケイナイン)」と呼ぶ会議を設けていた。兵谷は、ここに県幹部を加えようと提案。22日にスタートした新しい会議は、「拡大K9」と呼ばれるようになった。

 兵谷を中心に拡大K9は毎日、県と政府の両対策本部の合同会議後に開催。省庁のメンバーは官房長や局長ら幹部級で、「本省への持ち帰り」をせず、解消策をその場で判断することを原則とした。

 避難所の暑さ対策には経産省が動いた。「全国にある大型クーラーのうち、〇台なら今すぐ手配できる」。国交省は避難所の過密対策として、被災した公営住宅の改修を急いだ。拡大K9のメンバーだった県知事公室の政策審議監、坂本浩(58)は「本来なら本省との協議や予算が必要で時間がかかる。県だけであのスピード感は出せなかった」。

 がれき撤去や避難所トイレの環境改善なども課題に挙がった。県と国を結び付ける「ミニ霞が関」(兵谷)となった拡大K9は約1カ月後の5月27日まで続いた。(並松昭光)=文中敬称略、肩書は当時

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