【あの時何が 熊本市動植物園編①】国内初の猛獣避難に緊張
熊本地震の本震から6日後の4月22日午前10時、熊本市動植物園(東区)で、災害時としては国内初となる猛獣の県外避難が始まった。
雌のアムールトラ「チャチャ」が、6人の男に静かに抱え上げられた。体長180センチ、体重113キロの巨体が、麻酔でシートに横たわっていた。「もしも目覚めたら」。猛獣舎の寝室から狭い急勾配の階段を上り、屋外の輸送用おりまで十数メートルを運ぶ。周到に準備したとはいえ前例はなく、緊張が走った。
地震で園内の動物が逃げ出すことはなかった。しかし、鉄筋コンクリート造りの頑強な猛獣舎は壁がひび割れ、おりに隙間が発生。トラなど猛獣4種5頭の移送が決まった。
「生きた猛獣を抱えて運び出すなんて、本来なら絶対しない危険な作業だった」。輸送計画を立てた獣医師松本充史(44)は振り返るが、そうせざるを得ない事情があった。
猛獣舎にある数十センチ四方の出入り口。軽トラックに載せた移動用おりと幅も高さもぴたりと合い、猛獣をおりからおりへ誘導できるよう設計されていた。ところが、2度の激震で出入り口の位置が数十センチもずれた。猛獣を人力で運ぶしかなかったのだ。
トラに続いて運び出したのは、人気者の雄ライオン「サン」、一般公開直前だったウンピョウの雄「ジュール」と雌の「イーナ」。計4頭を約3時間かけて輸送用おりに移した。
残るは雌のユキヒョウ「スピカ」だけ。おりが足りず、県外からの支援を待つ必要があった。
午後4時、不足分のおりを用意した群馬サファリパーク園長の川上茂久(63)が到着した。川上は日本動物園水族館協会の安全対策委員長。今回、猛獣避難の受け入れ先探しなどを担ったキーマンだ。動物輸送の専門業者と、陸路を約20時間かけて駆け付けた。
東日本大震災では、被災地の動物園が必要とした物資の情報共有や調達で混乱もあったという。その経験を踏まえ、川上らは協会の災害支援マニュアルを立案。全国の加盟151施設で支援可能物資をリストアップするなど体制を見直し、熊本地震では発生直後から支援の陣頭指揮に当たっていた。
協会としては、福島県のアクアマリンふくしまからトドなどを移した経験があった。だが猛獣避難に前例はなく、川上にとっても初めて。ユキヒョウを輸送用おりに入れ終えた時は、日が暮れようとしていた。
「安全のため、輸送は明日にしよう」。そう判断した川上はトラックに積んだ猛獣5頭と共に、そのまま園内で一夜を明かした。
明朝6時、川上は熊本市を出発。大牟田市動物園にユキヒョウ、福岡市動植物園にウンピョウ、北九州市の到津の森公園にアムールトラを引き渡した。最後のライオンを大分県宇佐市の九州自然動物公園アフリカンサファリに届けたのは午後5時前。九州を駆け回って重責を果たすと、食事も取らぬまま、ホテルのベッドに倒れ込んだ。=文中敬称略
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熊本地震の発生から8カ月。今も休園が続く熊本市動植物園の「あの時」を振り返る。(岩下勉)
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