【あの時何が 被災地障害者センター編①】東日本の悲劇 繰り返すな
2016年4月16日-。熊本学園大社会福祉学部教授の東俊裕(65)が、菊池市の自宅から熊本市中央区大江のキャンパスにたどり着いたのは昼すぎだった。未明に起きた熊本地震の本震後、大学は正門近くの14号館を住民に開放した。東が館内に入ると、教室や廊下は「人だらけ」。車椅子を利用する障害者の姿もあり、その多くはNPO法人ヒューマンネットワーク熊本のメンバーだった。
ポリオ(小児まひ)で足が不自由な東は、自らも車椅子を利用している。かつて代表を務めたヒューマンネットワークは、当事者グループとして県内の障害者運動をけん引。メンバーが学園大で毎年講座を受け持つなど、関係は深く、現代表の日隈辰彦(53)は「学園大なら安心できると考え、多くのメンバーが身を寄せた」と振り返る。
とはいえ、学園大が開放できたのは2007年完成で比較的新しい14号館のみ。館内も照明が落下する恐れがあるホールは使えなかった。ヒューマンネットワークのメンバーは教室の奥で小さくなっていた。その場を一時でも離れたら身の置き場を失うほどの混雑の中、壁にへばりつくように何時間も耐えていた。
「理事長を呼んでくれ」と東。別棟の本館は停電でエレベーターが動かず、車椅子では上の階へは行けない。大学を運営する法人理事長、目黒純一(77)が降りてくると、東は「避難所をやるならば次の3点が欠かせない。協力してほしい」と申し出た。それは「水の確保」と「炊き出しの実施」、そして「障害者が避難できる環境づくり」だった。
公的指定は受けていなかったが、大学は早々に避難所開設の方針を決めていた。1953年、当時の高橋守雄学長が「6・26水害」の避難者を受け入れ、炊き出しをした歴史もある。目黒自身もボランティア活動の意義は十分分かっていた。その原点には学生時代に参加したポリオ患者支援があった。「ぜひともやりましょう」。東の提案を快諾した。
館内にある「高橋守雄記念」と冠したホールの使用もめどが立ち、16日夕から障害者や介護が必要な高齢者たちの避難先になった。17日夕には炊き出しも開始。障害の有無にかかわらず包括的に対応する「インクルーシブ避難所」の方向性は定まった。
一方で、東は危機感を募らせていた。本震で被害は広がり、深刻さを増している。避難所に行けない、入れない、あるいは排除された障害者がいるはず。そんな確信があったからだ。「ほっておけば支援の網の目からこぼれ落ちてしまう」
弁護士でもある東は、民主党政権で内閣府障がい者制度改革推進会議担当室長として障害者権利条約の締結に向けた法整備を担当していた。条約には災害条項もあり、災害支援は重要項目の一つだった。その最中に東日本大震災が発生し、被災地まで何度も足を運んだが、「避難所やボランティアセンターに行っても、障害者の話が聞けない。被災状況すら全く分からなかった」。特に福祉サービスを日頃利用していなかったり、障害者団体に所属していなかったりした在宅障害者は忘れ去られた存在になっていた。
熊本であの悲劇を繰り返してはいけない-。しかし、その懸念は的中し、被災した多くの障害者が危機的な状況にさらされていた。学園大の避難所運営を同僚らに任せた東は、独自の支援に動きだした。(文中敬称略)
◇
2年前の熊本地震は、被災した障害者らをどう支えるかという課題を浮かび上がらせた。支援に奔走した「被災地障害者センターくまもと」を軸に、障害者をめぐる動きを振り返る。(小多崇)
RECOMMEND
あなたにおすすめPICK UP
注目コンテンツTHEMES
熊本地震-
地震で被災の本堂、修復完了 稚児行列で祝う 宇城市の光照寺
熊本日日新聞 -
熊本地震の横ずれ断層「恐ろしかった」 海外の高校生250人が益城町など見学
熊本日日新聞 -
熊本開催の「ぼうさいこくたい」閉幕 ワークショップ、シンポ…災害対策、教訓伝承学ぶ
熊本日日新聞 -
熊本市議会の自民会派4分裂、合流へのステップ!? 市役所建て替え巡り事態悪化 早期合流には「冷却期間必要」の声
熊本日日新聞 -
熊本など4弁護士会、災害時の法的課題共有 協定に基づき熊本市で会合
熊本日日新聞 -
ヴォルターズ新加入選手、熊本地震学ぶ 23日に益城町で愛媛戦「復興の力に」
熊本日日新聞 -
雁回山登山道 住民ら歩き初め 「城南コース」が8年ぶり開通
熊本日日新聞 -
益城町の復興土地区画整理、仮換地21区画を承認 県審議会
熊本日日新聞 -
熊本県の2025年度予算編成、重点事業の「優先枠」設定 新基本方針枠ほか、熊本地震、20年豪雨も
熊本日日新聞 -
南阿蘇の復旧復興、バスと鉄道で巡ろう 高森町の南阿蘇鉄道が旅行ツアー 立野ダム、観光トロッコ列車も
熊本日日新聞
STORY
連載・企画-
移動の足を考える
熊本都市圏の住民の間には、慢性化している交通渋滞への不満が強くあります。台湾積体電路製造(TSMC)の菊陽町進出などでこの状況に拍車が掛かるとみられる中、「渋滞都市」から抜け出す取り組みが急務。その切り札とみられるのが公共交通機関の活性化です。連載企画「移動の足を考える」では、それぞれの交通機関の現状を紹介し、あるべき姿を模索します。
-
学んで得する!お金の話「まね得」
お金に関する知識が生活防衛につながる時代。税金や年金、投資に新NISA、相続や保険などお金に関わる正しい知識を、しっかりした家計管理で安心して生活したい記者と一緒に、楽しく学んでいきましょう。
※次回は「損害保険」。11月14日(木)に更新予定です。