熊本を愛した幸せの時間 画家でジャズバイオリニスト、サン村田さん死去【記者ノート】
お別れをしてきたはずなのに、今も実感が湧かない。11日交通事故で亡くなったサン村田さんは、2月の絵の個展で再会した時と同じベレー帽とマフラー姿だった。斎場に流れていたバイオリンの語りかけるような音色が、もう生で聴くことができない現実を告げるようだった。
カナダ在住の画家でジャズバイオリニストが、コロナで帰国できず、当面熊本で活動するらしい-。断片的な情報を頼りに、個展会場だった熊本市のライブカフェを訪ねたのは2020年夏。当時はまだ世界中が未知の感染症におびえていたが、目の前の80代のアーティストは身動きがとれない逆境すら楽しもうとしていた。エネルギッシュでおおらかで、ユーモアたっぷり。話を聞いているだけで気持ちが上向いた。
会場には外国の街並みや自然を淡彩で描いた詩情的な絵が並んでいた。鳥が空から見渡すような俯瞰[ふかん]的な構図は、気に入った土地を自由に行き来してきた生活スタイルから生まれているように思えた。「人生は知らない間になるようになるんだよ」。その時に聞いた言葉は今も耳に残る。
転機は48歳での大病にあった。アートディレクターやイラストレーターとして活躍していた多忙な日々。死の一歩手前で命をとりとめ、「本当の成功は感動する何かに向かって行動できること」だと気づいた。仕事を辞め、好きな絵と音楽の道を歩むことを決めた。
芸術はもとより、政治や教育、異文化理解の深いテーマでも軽やかに話した。小さなコミュニティーで周りに同調しがちな私たちに、「自分の心に正直であれ」と繰り返し「あなたはあなたのままでいい」と肯定してくれた。年齢や肩書に関係なく「僕の大切な友人」として接し、相手の魅力を伝えることにもたけていた。
地縁も血縁もない熊本で多くの人から「サンちゃん」と愛された。それはサン村田さんが、大好きな絵と音楽を通して出会った熊本の人一人一人を愛したからだろう。その時間こそが自分にとっての幸せだと確信していたとも思う。
「互いに心が通じ合うことが素晴らしいんだ」。いつも誰かと奏でていたハーモニーを、もう一度聴きたい。(魚住有佳)
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