【連鎖の衝撃 行政編⑥】 消防“心臓部”、万全さ欠く
「システムは無事か!」。4月16日午前1時25分、震度6強の激しい揺れが、119番通報を受ける熊本市消防局司令管制室を襲った。粉じんが舞う中、池田光隆司令長の声が響いた。50インチ画面16枚が壁一面に並んだマルチスクリーンと、通報対応に必要なパソコンのモニターが一時消えた。
通常6人で対応する司令管制室は14日夜の「前震」後、10人態勢に拡充していた。「家族が家の下敷きになった。助けて」「胸が痛い。救急車を」。司令管制室は益城町、西原村を含む管内の消防署・出張所23拠点に次々と指示を出し続けた。
25台ある救急車は瞬く間に全台出動、対応はすぐに限界を超えた。28ある電話回線は鳴り続け、16日は対応できただけで1727件に上った。通常の13倍で、このうち出動できたのは4分の1ほど。生命にかかわる可能性が低いと判断した通報には「自力で病院へ」と告げるなどギリギリの判断が続いた。
とはいえ、住民にとって救命救急を担う消防は最後のとりで。熊本市中央区大江にある市消防局の本庁舎は、阪神、東日本の両大震災の経験を基に耐震化し、情報管理の心臓部である3階のシステム室は特に強化していた。当然、今回の揺れにも対応できたはずだったが、少しの油断で足元をすくわれた。
モニターや通信機器類と机の固定が甘かったのだ。地震の揺れで機器は大きくずれてケーブル類が抜けた。
隊員らの安否や出動可能かの確認の傍ら機器類を元に戻し、ケーブル類をつなぎ直す作業に追われた。このため「本震」の揺れがやみ、静寂の後、一斉に鳴り出した119番通報に対応できたのは、本震発生から5分後だったという。
益城町の益城西原消防署でもファクスが落ちて壊れ、司令管制室が送って来る地図や目標物、気象状況などを記した指令書が受け取れなくなった。
救助隊は、やむを得ず詳細情報がないまま出動。住宅地図を頼りに現場に向かい、亀裂が入った道に行く手を阻まれる場面もあったという。「10分の距離が1時間かかったこともあった」と同署救急救助隊の山本祥也小隊長(36)は振り返る。
市消防局の池田司令長は「甘く見ていたわけではないが、万全ではなかったのは確か」と言葉少なに語り、「火事が少なくて救われた」と胸をなで下ろした。
火災で558人が死亡した阪神大震災と比べ、熊本地震の特徴の一つは火災が少なかったことだ。4月14~17日、市消防局管内で地震に起因する火災は9件。いずれもけが人はなかった。
熊本大減災型社会システム実践教育センターの松田泰治教授は「前震、本震とも炊飯時ではなく無風で延焼につながらなかった。ガス供給を自動停止する装置の普及も大きかった」と要因を分析。「倒壊に火災が重なれば被害はさらに拡大していた」と指摘する。
一方、日本火災学会の調査によると、その阪神大震災では、生き埋めになった人の97・5%が消防などの助けが来る前に自力や家族、地域住民によって救出された。
熊本学園大の高林秀明教授(地域福祉)は「大規模災害は公助にも限界がある。日常から地域の結び付きを強めておくことが、救出や避難に有効に働く」と自主防災組織など地域コミュニティーの重要性を強調した。(上田良志)
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