【連鎖の衝撃 経済編⑩】コメどころ被災 農地陥没、田植え断念も
眼前に北外輪山を望む阿蘇谷。5月中旬、本来なら平野部より一足早く田植えが始まっているはずの阿蘇市赤水の農地には、車が落ち込むほどの大きな地割れや陥没があちこちで生じていた。
「水利施設もずたずた。このままでは来年以降も田植えが難しい農地が相当ある。何とか救済してほしい」。阿蘇市の職員は、熊本地震を受けて急きょ来熊した森山裕農林水産相に、農家に代わって苦境を訴えた。
熊本地震によって、県内では農地や水利施設などを中心に農業分野だけで943億円(5月13日時点)の被害が発生した。中でも、農家にとって切実な問題となっているのが、田植えが直前に迫った水田の被害だ。
県によると、県内の水稲作付面積約4万4千ヘクタールのうち、1割強に当たる約5800ヘクタールが被災。区画整理した田畑や水利施設など5千カ所以上が損傷した。被害が大きい阿蘇や上益城、熊本市、菊池、宇城地域で県内作付面積の半分を占める。いずれも良質米を生産する県内有数のコメどころだ。
農水省とともに被害実態を調査した県は「農家が水路の補修などを急ピッチで進めているが、最終的に田植えできない面積は900ヘクタール近くに上るのではないか」(農林水産部)とみている。
一方、日奈久断層帯に近く、甚大な被害を受けた御船町の七滝土地改良区(175ヘクタール)。ここでも山林の土砂崩れで、水源付近の用水路が十数カ所埋まった。
4月末、約350戸の農家が参加して開かれた総代会では「何とか復旧できんのか」と切実な訴えが相次いだ。「水路を壊した巨石の除去などに相当な期間がかかる」として結局、田植えの断念を決定。「悔しいが、水不足で苗も準備できんかった。崩れそうな棚田もある」と野田貴久理事長は肩を落とす。
同土地改良区だけでなく、大津町や菊陽町、熊本市の土地改良区でも、100ヘクタール規模で田植えの断念に追い込まれている。
こうした窮状を受け、国や県は緊急対策の柱として大豆などへの転作を打ち出した。手厚い補助があり、農家の収入に寄与する一方で、「営農を続けることで廃業を防ぐ」(森山農水相)との狙いもある。
しかし、大豆などへの転作には専用の農機や栽培技術が必要。低湿地の場合、転作はさらに難しく、農家の間では「慣れ親しんだ稲作を続けたい」との抵抗感も根強い。
阿蘇市の阿蘇土地改良区(約3千ヘクタール)ではコメ作りを維持するため、多くの農家が自ら水路の補修に奔走。試験送水しながら地中の送水管の亀裂を一つずつふさぐ地道な作業を続ける。その結果、田植えが困難な農地は、当初見込みより抑えられる見通しだが、それでも約250ヘクタールは間に合わないという。
「土地の形状が大きく変わり、耕作再開まで1~2年かかりそうな所もある。品質にこだわり、今年も規模拡大を計画していたが、逆に十数ヘクタールで作付けできなくなりそうだ」。県内有数の約50ヘクタールの大規模稲作経営に取り組んできた同市の内田智也さん(31)は悔しさをにじませる。
県産食用米の2015年の収量は約18万トンと九州最多。全国食味ランキングでも今や上位ランクの常連となり、存在感を高めていた中での震災。大規模な陥没で復旧に3年程度かかる農地もあるとされ、県幹部は「農家の痛手をできるだけ小さくする手法を模索したい。いずれにせよ長丁場の取り組みになる」と覚悟を口にした。(猿渡将樹)
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