【連鎖の衝撃 生命編⑪】高野台団地の少女 「ふるさとがなくなる」

熊本日日新聞 2016年5月22日 00:00
高田尚子さんのスマートフォン。画面は被災当時、「LINE(ライン)」で交わした友人とのやりとり(画面の一部をぼかしています)(上田良志)
高田尚子さんのスマートフォン。画面は被災当時、「LINE(ライン)」で交わした友人とのやりとり(画面の一部をぼかしています)(上田良志)
【連鎖の衝撃 生命編⑪】高野台団地の少女 「ふるさとがなくなる」

 夜が明けるにつれ、目の前の惨状に身震いした。北外輪山を望む南阿蘇村河陽の高野台[たかのだい]団地。新緑に囲まれた台地は、一夜にして真っ黒な土砂で埋まっていた。

 「ふるさとがなくなっちゃう」

 4月16日未明の本震発生から約4時間後。自宅に土砂が流れ込み、救出された南阿蘇中1年の田爪来実[たづめくるみ]さん(12)は、両親の背中に向かってつぶやいた。

    ◇   ◇ 

 同団地は、旧長陽村が若い定住者を呼び込もうと、ペンション村に近い丘陵地約9千平方メートルを造成し、2000年に分譲を始めた。来実さんが生まれる前年、ともに教員の父正剛さん(49)と母晴恵さん(43)が阿蘇の大自然にひかれ、長女の佑佳さん(17)を連れて移り住んだ。

 都市部に住みたいと思ったこともある来実さんだが、生まれ育ったふるさとが大好きだった。山菜採り、バーベキュー、雪遊び、朝から起こしてくれる鳥の鳴き声…。「思い出全てが詰まった」高野台に、一生住みたいと思っていた。

    ◇   ◇ 

 「チリリンチリーン」。16日午前1時25分。激しい揺れの直後、来実さんがいた2階寝室のベランダから、洋風の風鈴が激しく音を立てた。目を覚ますと、毛布越しに荒い息遣いが聞こえた。隣に眠っていた晴恵さんが覆いかぶさるように守ってくれていた。「大丈夫か」。隣の部屋にいた正剛さんもすぐに駆け付けた。

 1階に流れ込んだ土砂は、2階のベランダまで迫っていた。外を見ると、数十メートル先にあったはずの桜の木が目の前にあった。ひさしが、隣の家に突き刺さっている。「大変なことが起きた」。薄暗い月明かりの中で、事の重大さを認識した。

 「余震が落ち着くまで家にいよう」。正剛さんの判断で、3人で身を寄せ合った。ガスの臭いが充満し、心臓の鼓動が速まった。

 午前4時すぎ。消防隊員に助け出され、友人家族の車で休んだ。午前5時半、再び両親と団地の様子を見に戻ると、東西2列に並ぶように建っていた16棟のうち、東側の4棟は完全に土砂が押し流していた。近所だった5人が犠牲となったことを、後から知った。

    ◇   ◇ 

 地震発生後、3人は合志市にある正剛さんの実家に避難していたが、大型連休中に、来実さんと晴恵さんは南阿蘇村に戻った。白水小に勤務する晴恵さんと村内のアパートを借り、父や姉と離れて南阿蘇中に通う。

 入学に合わせて買ったばかりの制服は、土砂に埋まり見つからなかった。不安もあるが、勉強と吹奏楽部の活動を頑張ると決めている。

 以前の暮らしに戻りたいけど、戻れない。そんなもどかしさを抱えながら、地震の体験に比べたら、どんなことでも苦にならないような気がする。

 将来は教師になりたいと思うようになった。「地震の記憶を伝え続けていきたい。南阿蘇の復興を見つめながら、家族と一歩ずつ歩いていきます」(後藤幸樹)

RECOMMEND

あなたにおすすめ
Recommend by Aritsugi Lab.

KUMANICHI レコメンドについて

「KUMANICHI レコメンド」は、熊本大学大学院の有次正義教授の研究室(以下、熊大有次研)が研究・開発中の記事推薦システムです。単語の類似性だけでなく、文脈の言葉の使われ方などから、より人間の思考に近いメカニズムのシステムを目指しています。

熊本日日新聞社はシステムの検証の場として熊日電子版を提供しています。本システムは研究中のため、関係のない記事が掲出されこともあります。あらかじめご了承ください。リンク先はすべて熊日電子版内のコンテンツです。

本システムは「匿名加工情報」を活用して開発されており、あなたの興味・関心を推測してコンテンツを提示しています。匿名加工情報は、氏名や住所などを削除し、ご本人が特定されないよう法令で定める基準に従い加工した情報です。詳しくは 「匿名加工情報の公表について」のページ をご覧ください。

閉じる
注目コンテンツ
熊本地震