【連鎖の衝撃 生命編⑪】高野台団地の少女 「ふるさとがなくなる」
夜が明けるにつれ、目の前の惨状に身震いした。北外輪山を望む南阿蘇村河陽の高野台[たかのだい]団地。新緑に囲まれた台地は、一夜にして真っ黒な土砂で埋まっていた。
「ふるさとがなくなっちゃう」
4月16日未明の本震発生から約4時間後。自宅に土砂が流れ込み、救出された南阿蘇中1年の田爪来実[たづめくるみ]さん(12)は、両親の背中に向かってつぶやいた。
◇ ◇
同団地は、旧長陽村が若い定住者を呼び込もうと、ペンション村に近い丘陵地約9千平方メートルを造成し、2000年に分譲を始めた。来実さんが生まれる前年、ともに教員の父正剛さん(49)と母晴恵さん(43)が阿蘇の大自然にひかれ、長女の佑佳さん(17)を連れて移り住んだ。
都市部に住みたいと思ったこともある来実さんだが、生まれ育ったふるさとが大好きだった。山菜採り、バーベキュー、雪遊び、朝から起こしてくれる鳥の鳴き声…。「思い出全てが詰まった」高野台に、一生住みたいと思っていた。
◇ ◇
「チリリンチリーン」。16日午前1時25分。激しい揺れの直後、来実さんがいた2階寝室のベランダから、洋風の風鈴が激しく音を立てた。目を覚ますと、毛布越しに荒い息遣いが聞こえた。隣に眠っていた晴恵さんが覆いかぶさるように守ってくれていた。「大丈夫か」。隣の部屋にいた正剛さんもすぐに駆け付けた。
1階に流れ込んだ土砂は、2階のベランダまで迫っていた。外を見ると、数十メートル先にあったはずの桜の木が目の前にあった。ひさしが、隣の家に突き刺さっている。「大変なことが起きた」。薄暗い月明かりの中で、事の重大さを認識した。
「余震が落ち着くまで家にいよう」。正剛さんの判断で、3人で身を寄せ合った。ガスの臭いが充満し、心臓の鼓動が速まった。
午前4時すぎ。消防隊員に助け出され、友人家族の車で休んだ。午前5時半、再び両親と団地の様子を見に戻ると、東西2列に並ぶように建っていた16棟のうち、東側の4棟は完全に土砂が押し流していた。近所だった5人が犠牲となったことを、後から知った。
◇ ◇
地震発生後、3人は合志市にある正剛さんの実家に避難していたが、大型連休中に、来実さんと晴恵さんは南阿蘇村に戻った。白水小に勤務する晴恵さんと村内のアパートを借り、父や姉と離れて南阿蘇中に通う。
入学に合わせて買ったばかりの制服は、土砂に埋まり見つからなかった。不安もあるが、勉強と吹奏楽部の活動を頑張ると決めている。
以前の暮らしに戻りたいけど、戻れない。そんなもどかしさを抱えながら、地震の体験に比べたら、どんなことでも苦にならないような気がする。
将来は教師になりたいと思うようになった。「地震の記憶を伝え続けていきたい。南阿蘇の復興を見つめながら、家族と一歩ずつ歩いていきます」(後藤幸樹)
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