【連鎖の衝撃 生命編⑧】元消防団長 水害常襲 地震「頭になく」
災害への対応は十分心得ていたつもりだった。18歳で嘉島町の消防団に入り、40歳代で町消防団長を8年間。 「それなのに、熊本地震で救助される側になった」。同町下六嘉の会社員前田義弘さん(69)は、じくじたる思いを口にした。
嘉島町は加勢川、御船川、緑川に囲まれた水害常襲地。大雨洪水警報が出ると、寝ずの活動に入る。川の水が増えそうになれば、町民に警戒を呼び掛け、被害から守ることが、前田さんら消防団員の大きな役目だった。
◇ ◇
4月15日夜。テレビはひっきりなしに、前夜、県内を襲った地震の被害の深刻さを伝えていた。
「益城町はひどかなあ」
前田さんはテレビの画面にくぎ付けになり、わずか数キロ先の隣町の惨状に絶句した。14日夜の前震の際、一家は屋外に避難したものの、自宅は一部損壊で済んだ。築約100年。地区で最も古い木造2階建ては、震度6弱に耐えてくれた。
1階で床に就いた数時間後の16日未明、震度6強の本震が襲う。
ゴゴゴゴー、バキバキバキッ-。ごう音と激しい揺れとともに、天井が崩落した。「大丈夫か」。暗闇の中、前田さんは横に寝ていた妻田鶴子[たずこ]さん(69)に声を掛けた。
「動かれん」「待っとけ」。前田さんは両手両脚を使って天井を押しのけ、空間をつくった。外で誰かが呼んでいる。「おっちゃーん、大丈夫ね」。近所に住む前田康行さん(44)の声だった。
「外から隙間をつくってくれ」。前田さんが頼むと、康行さんは白壁を壊し、小さな穴を開けた。康行さんの懐中電灯の白い光が暗闇に差し込んだ。「これで助かる」。前田さんは、四つんばいでがれきを押しのけながら光の方向へ進んだ。
前田さん夫婦が家屋の外に抜け出たころ、御船署地域課の米原正貴巡査部長(45)ら署員2人が到着した。すぐに無線で機動隊の応援を要請したが、人を回す余裕がなく、「2人で対応してほしい」と指示された。
「何としても助けなければ」。米原巡査部長らと、駆け付けた近隣住民5、6人で協力し、のこぎりやバールを使って天井板をこじ開けた。数分後、長女恵美さん(46)、長男献治さん(44)が次々と助け出された。
◇ ◇
2度の震度7が襲った益城町をほぼ東西に走る布田川・日奈久断層帯。嘉島町は、その断層帯を西にたどった先に位置する。
町は河川改修に力を入れ、浸水地区などを示したハザードマップを作っていたが、「地震への具体策は手付かずだった」。前田さんも「災害と言えば、ほとんど水害しか頭になかった。日奈久断層の存在を知ってはいたが…」とため息をつく。
古い家屋が軒並み崩れ、町内で3人の命が失われた。「水害は予測できるが、地震は一瞬。私たち一家が助かったのは幸運としか言いようがない」。全壊した自宅で、前田さんは実感を込めて言った。(中村勝洋)
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