【連鎖の衝撃 避難編④】 苦渋の選択、村外へ 「集落に愛着あるが…」
激しい雨が校庭をたたきつけていた。熊本地震後、南阿蘇村立野地区の住民ら約150人が身を寄せた旧立野小。4月21日午前9時半ごろ、朝食のパンを食べ終えた被災者に、警察と消防が再避難を指示した。
「土砂崩れの危険がある。大津町の避難所に移ってほしい」
校庭で車中泊していた郷英俊さん(78)と禮子さん(69)の夫婦は車を動かした。「急いで逃げなん」。阿蘇大橋をのみ込んだ土砂崩れの恐怖が、脳裏をかすめた。「でも、本当に立野小が危険なのか」。信じられない思いで、大津町へとアクセルを踏んだ。
旧立野小は、立野地区中心部の住宅街と国道57号を挟んだ場所にある。斜面からは約600メートル離れている。立野地区が被災した2012年7月の九州北部豪雨でも避難所に。その後、大雨が降る前の明るいうちに避難する予防的避難にも活用された。安全だったはずなのに、地震は危険な場所に一変させた。
◇ ◇
立野地区北側の急斜面は、地震による土砂崩れで茶色の筋が幾重にも走る。火山灰土壌は亀裂が入り、雨水を含むともろい。余震も止まらない。国道57号が寸断され、阿蘇大橋はなくなった。二次災害を防ぐには再避難が必要だが、村中心部には行けない。「村外」は苦渋の選択だった。
仮設住宅も大津町に建設する。村外生活の長期化は避けられない。国道や橋、水道の復旧も見通しは立たない。慣れ親しんだ立野地区を離れる決断をした人もいる。大津町や熊本市にアパートを見つけたり、新たに土地を買ったり…。
「愛着はあるが、もう耐えられない」。立野区の元役員、久保田将さん(74)は漏らした。村内の親戚宅に避難中だが、戻る予定はない。地元の地形に詳しく、危険性も知って住んでいたつもりだ。でも、今回の地震は違う。「田んぼも墓も壊れた。裏山には大きな石がいくつも転がっている」
古里にこだわる住民もいる。3代続くプロパンガス販売店の松野紳一さん(58)は「立野に帰る住民がいる限りガスが必要。これまで支えてくれた地域に恩返ししたい」。営業再開を目指すが、顧客約300軒のうち、約8割が不在。「安心して暮らせる日が来るのだろうか」。不安は尽きない。
◇ ◇
「掃除の分担は、細かく決めすぎない方がいい」。5月19日夜、避難先のホンダ熊本製作所で地区住民が立ち上げた「自治組織」の会合があった。住民代表や区長ら約20人が、避難所暮らしを乗り切ろうと知恵を絞る。
村は22日、立野地区の約350世帯、860人全てを対象に、自宅損壊の有無を問わずに仮設住宅入居を認めると発表した。地区存亡の危機を乗り越えるための特例だ。
それでも、梅雨は目前に迫る。再び土砂崩れが起きたら、住民の「立野離れ」は加速しかねない。自治組織代表を務める丸野健雄さん(72)は「村外の避難先や仮設住宅にいながら、コミュニティーを維持できるのか不安だ」と漏らす。(藤山裕作、九重陽平)
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