【連鎖の衝撃 生命編③】カラオケ教室の2人 40センチの隙間 下敷き逃れる
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4月14日午後9時半。御船署内の110番通報モニターは、生命に関わる出動要請を示す「緊急指令」の赤色で埋め尽くされていた。
「とんでもないことになっている」。木下仁昭交通課長は宿舎から駆け付けると、目を疑った。
その直後。「3人が下敷きになっている」。木下課長は通報があった益城町惣領の荒牧不二人さん(84)宅に急行した。
現場では、すでに住民が2階部分から室内に入り、がれきの撤去を始めていた。相次ぐ余震に恐怖を感じながらも住民らと救助作業に当たり、女性1人と上村光之さん(74)=同町小池=を救出。荒牧さんは、梁[はり]と家財道具に挟まった状態で見つかった。首元に手を添えると、脈はなかったが、まだぬくもりが残っていた。
◇ ◇
この夜、荒牧さん宅では、恒例のカラオケ教室が開かれていた。受講生の上村さんは、7月の発表会で披露する三山ひろしの「四万十川」の練習中。「声ばしっかり出しなっせ」。荒牧さんの指導にも熱が入り、通常、午後9時に終わるレッスンは、いつもより長引いていた。
もう1人の受講生の女性がマイクを手に立った時だった。「ゴーッ」。ごう音とともに猛烈な揺れが襲った。背後の壁が崩れ、上村さんは背中を強打。壁ごと座卓の方に押し出された。純和風の家屋は2階部分を残したまま、3人がいた1階は押しつぶされた。
停電で真っ暗闇の中、「先生、上村さん、大丈夫?」。がれきの向こうから女性の声が聞こえた。「大丈夫タイ」。そう返したが、余震のたびに「カラカラ」と瓦が落ちる音が聞こえ、体や右腕にのしかかった梁が食い込む。呼吸すると土壁のほこりがのどを刺激した。全身から汗が噴き出し、思わず「もうだめタイ」と叫んだ。
それでも、女性は大声で助けを求め、がれきをたたき続けた。「あきらめたらいかん。必ず助けは来るけん、死んじゃならんよ」「私は家に孫がおる。助けに行かんといかん」。上村さんを励ましつつ、女性は必死で自らを鼓舞した。
約1時間半後、上村さんと女性は、人1人がぎりぎり入るスペースの中から助け出された。梁の直撃から守ってくれたのは、座卓と野菜集荷用のコンテナケースがつくり出した、わずか約40センチの「隙間」だった。
◇ ◇
「彼女の励ましがなければ、あきらめてあの世に逝っとった」
病院から退院した上村さんは女性に心から感謝する一方、十数年来、親身に歌を指導してくれた荒牧さんの死が悔やまれてならない。
「いつもの時間にレッスンが終わっとれば、先生は犠牲にならんかったかもしれん」
生き残った安ど感と、後ろめたさ。今も二つの感情が揺れ動いている。(新崎哲史)
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熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。