【連鎖の衝撃 生命編②】帰宅した一家㊦ 「助けてやれんで、すまん」
「出られん。何も見えん」。16日未明の本震発生直後。益城町福原の島崎敏幸さん(81)は、倒壊した家屋の中に閉じ込められていた。すぐ目の前には崩落した天井。「おれも出られん。待っとって」。長男浩さん(56)の声が聞こえ、少しだけ安堵した。
敏幸さんは散乱するがれきの中に、人がぎりぎり通れるぐらいの空間を見つけた。膝の痛みも忘れ、隣の台所に必死にはい出た。外に続くガラス戸を開けようとしたが、変形して開かない。もう一度、力を込めると今度は開いた。
ガラスが割れる音、瓦が落ちる音。恐怖を押し殺し、ほふく前進で外に出ると、闇の中で懐中電灯の明かりが近づいてくるのが見えた。「助けてくれ。2人が下敷きになっとる」。必死に叫んだ。駆け付けたのは、光永秀幸さん(35)をはじめとする消防団員や地元住民だった。
「大丈夫ですか」。その声を聞いた浩さんは、覆い被さろうとしていた天井をたたき続けた。柱を切るチェーンソーの音が少しずつ近くなる。午前2時半、視界が開け、ようやく体を引き起こされた。救出された息子の顔を見た敏幸さんは思わず涙が出そうになった。それから先のことはあまり覚えていない。
◇ ◇
救出された浩さんはすぐに母京子さん(79)が寝ていた場所付近を探した。着の身着のままで助け出され、寒さが身に染みた。
がれきに目を向けると、ビニール袋に入った毛布とタオルケットが見つかった。母が収納したものだった。浩さんと敏幸さんは近くの避難所に運ばれ、この毛布にくるまって寒さをしのぎ、朝を待った。「母が生きなさいと言っているように思えた」と浩さんは振り返る。
倒壊現場では、大量のがれきと余震が救出活動を妨げていた。「自分たちだけじゃ無理バイ」。消防団らがそう思い始めたころ、近づいてくる明かりが見えた。他県警から応援で来た機動隊員だった。「後は我々に任せてください」。光永さんらは、安心感からか一気に力が抜けた。
避難所に保護された浩さんらは、母の安否が気になり眠れなかった。携帯電話もがれきに埋まり、誰とも連絡が取れない。その歯がゆさと、家に戻って寝たことへの後悔がぐるぐると頭を巡った。
東の空がうっすらと明るくなり始めたころ、浩さんは自宅に戻った。午前9時すぎ、京子さんはようやく救出されたが、既に息はなかった。
「たぶん即死。苦しまんでよかったです。救助してくれたみなさんには感謝の言葉しかない。まだ先の生活は見えんけど、母のためにも少しずつ前に進みたい」。浩さんは絞り出すように話した。
◇ ◇
結婚して半世紀。敏幸さんは京子さんと共に酪農を営み、たまの休みは2人でのんびり過ごした。それだけで幸せだった。
地震から数日後。自宅のがれきの中から金婚式の写真が見つかった。懐かしさの半面、悔しさがぐっと込み上げてきた。「助けてやれんで、すまん」。敏幸さんは、写真の中でほほ笑む妻に謝った。(後藤幸樹)
RECOMMEND
あなたにおすすめPICK UP
注目コンテンツTHEMES
熊本地震-
SKE48の井上瑠夏さん(菊池市出身)、復興支援で熊本県に寄付
熊本日日新聞 -
熊本城「宇土櫓続櫓」の石垣、復旧に向け解体作業に着手 28年度の積み直し完了目指す
熊本日日新聞 -
東日本大震災の語り部が熊本・益城町へ 23日、災害伝承などテーマに講演 熊日と河北新報の防災ワークショップ
熊本日日新聞 -
被災者に寄り添った支援 能登、熊本地震のボラセン運営者講演 日頃から役に立つ分野想定
熊本日日新聞 -
スペシャルオリンピックス日本・熊本、能登の被災地へ義援金贈呈
熊本日日新聞 -
福島の震災復興と被害伝承を考える 東稜高で復興庁の出前授業
熊本日日新聞 -
スイーツ、カレー、てんぷら串…自慢の逸品ずらり 「くまもと復興応援マルシェ」、グランメッセで17日まで
熊本日日新聞 -
行定監督「熊本から恩返し」 30日開幕、復興映画祭PRで県庁訪問
熊本日日新聞 -
くまもとアートボリス推進賞に東海大キャンパスなど3件
熊本日日新聞 -
復興の象徴「ゾロ」に感謝 大津小3年生が誕生日会開催
熊本日日新聞
STORY
連載・企画-
移動の足を考える
熊本都市圏の住民の間には、慢性化している交通渋滞への不満が強くあります。台湾積体電路製造(TSMC)の菊陽町進出などでこの状況に拍車が掛かるとみられる中、「渋滞都市」から抜け出す取り組みが急務。その切り札とみられるのが公共交通機関の活性化です。連載企画「移動の足を考える」では、それぞれの交通機関の現状を紹介し、あるべき姿を模索します。
-
学んで得する!お金の話「まね得」
お金に関する知識が生活防衛やより良い生活につながる時代。税金や年金、投資に新NISA、相続や保険などお金に関わる正しい知識を、しっかりした家計管理で安心して生活したい記者と一緒に、楽しく学んでいきましょう。
※次回は「家計管理」。11月25日(月)に更新予定です。