【連鎖の衝撃 生命編②】帰宅した一家㊦ 「助けてやれんで、すまん」

熊本日日新聞 2016年5月13日 00:00
妻・京子さんと金婚式で撮影した写真を手に無念さをにじませる島崎敏幸さん=9日午前、益城町福原(岩崎健示)
妻・京子さんと金婚式で撮影した写真を手に無念さをにじませる島崎敏幸さん=9日午前、益城町福原(岩崎健示)
【連鎖の衝撃 生命編②】帰宅した一家㊦ 「助けてやれんで、すまん」

 「出られん。何も見えん」。16日未明の本震発生直後。益城町福原の島崎敏幸さん(81)は、倒壊した家屋の中に閉じ込められていた。すぐ目の前には崩落した天井。「おれも出られん。待っとって」。長男浩さん(56)の声が聞こえ、少しだけ安堵した。

 敏幸さんは散乱するがれきの中に、人がぎりぎり通れるぐらいの空間を見つけた。膝の痛みも忘れ、隣の台所に必死にはい出た。外に続くガラス戸を開けようとしたが、変形して開かない。もう一度、力を込めると今度は開いた。

 ガラスが割れる音、瓦が落ちる音。恐怖を押し殺し、ほふく前進で外に出ると、闇の中で懐中電灯の明かりが近づいてくるのが見えた。「助けてくれ。2人が下敷きになっとる」。必死に叫んだ。駆け付けたのは、光永秀幸さん(35)をはじめとする消防団員や地元住民だった。

 「大丈夫ですか」。その声を聞いた浩さんは、覆い被さろうとしていた天井をたたき続けた。柱を切るチェーンソーの音が少しずつ近くなる。午前2時半、視界が開け、ようやく体を引き起こされた。救出された息子の顔を見た敏幸さんは思わず涙が出そうになった。それから先のことはあまり覚えていない。

    ◇   ◇

 救出された浩さんはすぐに母京子さん(79)が寝ていた場所付近を探した。着の身着のままで助け出され、寒さが身に染みた。

 がれきに目を向けると、ビニール袋に入った毛布とタオルケットが見つかった。母が収納したものだった。浩さんと敏幸さんは近くの避難所に運ばれ、この毛布にくるまって寒さをしのぎ、朝を待った。「母が生きなさいと言っているように思えた」と浩さんは振り返る。

 倒壊現場では、大量のがれきと余震が救出活動を妨げていた。「自分たちだけじゃ無理バイ」。消防団らがそう思い始めたころ、近づいてくる明かりが見えた。他県警から応援で来た機動隊員だった。「後は我々に任せてください」。光永さんらは、安心感からか一気に力が抜けた。

 避難所に保護された浩さんらは、母の安否が気になり眠れなかった。携帯電話もがれきに埋まり、誰とも連絡が取れない。その歯がゆさと、家に戻って寝たことへの後悔がぐるぐると頭を巡った。

 東の空がうっすらと明るくなり始めたころ、浩さんは自宅に戻った。午前9時すぎ、京子さんはようやく救出されたが、既に息はなかった。

 「たぶん即死。苦しまんでよかったです。救助してくれたみなさんには感謝の言葉しかない。まだ先の生活は見えんけど、母のためにも少しずつ前に進みたい」。浩さんは絞り出すように話した。

    ◇   ◇

 結婚して半世紀。敏幸さんは京子さんと共に酪農を営み、たまの休みは2人でのんびり過ごした。それだけで幸せだった。

 地震から数日後。自宅のがれきの中から金婚式の写真が見つかった。懐かしさの半面、悔しさがぐっと込み上げてきた。「助けてやれんで、すまん」。敏幸さんは、写真の中でほほ笑む妻に謝った。(後藤幸樹)

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