【連鎖の衝撃 生命編①】帰宅した一家㊤ 迫る天井…死を覚悟
毎朝、目が覚めると、地震前のありふれた光景を思い出す。
「パン食べんかい」。朝食を勧める母の声。仕事でどんなに遅くなっても帰りを待ってくれていた。しかし、その日常はもう二度と戻ってこない。
「あの地震が来るまではあんなに元気だったのに、冷たくなって…。まだ信じられんです」。益城町福原の会社員島崎浩さん(56)は、母京子さん(79)の死を、1カ月がたとうとする今も受け止められないでいる。
◇ ◇
近くに木山川が流れる静かな農村地帯。浩さんは、その集落の一角にあった築45年の木造2階建ての家で、農業を営んできた京子さんと父敏幸さん(81)の3人で暮らしていた。
4月14日午後9時26分。「ドーン」という地鳴り音と同時に経験したことのない激しい揺れに襲われ、電気が消えた。何が起きたのかを理解するまでにしばらく時間を要した。
幸い、家族にけがはなく、家屋の被害もほとんどなかった。心配して連絡してきた親戚に外にいるよう促され、その夜は庭に止めていた乗用車の中で3人一緒に眠った。
一夜が明け、膝の悪い敏幸さんは、痛みに耐えきれず、自宅に戻った。浩さんは日中、近所の手を借りて瓦が落ちた屋根にブルーシートをかけるなど、片付けに追われた。余震は落ち着きつつあるように感じた。実際、日本気象協会によると、15日午前に24回を数えた震度3以上の余震は、午後には7回に減っていた。
暗くなり始めたころ、水道と電気が復旧。疲れ切った両親は家で休みたそうに見えた。「風呂に入って疲れをとろうと、家で過ごすことを決めた」。まさか前日の激震が「本震」の前触れだとは思いもしなかった。
敏幸さんは1階奥の寝室で、京子さんは玄関に近い部屋に向かった。「地震があったら怖かけん」。それが、浩さんが聞いた母の最後の言葉になった。
日付が変わるころ、風呂に入った浩さんも、1階の部屋で床に就いた。母が見えるよう部屋を隔てるふすまを開け、いつもより北側に1メートルほど布団をずらした。この行為が結果的に自身の命をつなぐことになる。
◇ ◇
午前1時25分。前夜よりさらに激しい揺れで、浩さんはハッと目を覚ました。周りは真っ暗闇。「バキッ」。大きな何かが目の前に迫る気配がして、思わず目をつぶった。
「出られん。何も見えん」。その時、父敏幸さんの叫び声が聞こえた。しかし、身動きが取れない。「おれも出られん。待っとって」。返事するだけで精いっぱいだった。
「おふくろ、おふくろ、大丈夫ねっ」。返事はない。「ミシッ、ミシッ」。柱のきしむ音が響いた。「気を失っているだけ。きっと大丈夫」。恐怖で速まる鼓動を感じつつ、自分に言い聞かせた。
とにかく明かりがほしい。しかし、携帯電話に手が届かない。普段は外して寝る時計をしていることに気付き、時計のライトを照らすと、1メートル先に落ちている天井が見えた。布団をずらした場所だった。
午前1時45分。再び震度6の激しい揺れ。「バキ、バキ、バキッ」。天井が迫る。「もう駄目だ…」。浩さんは死を覚悟した。(後藤幸樹)
◇ ◇
県内に甚大な被害を与えた「熊本地震」から14日で1カ月。家屋倒壊や土砂崩れなどで49人の貴い命が失われ、依然として1人が行方不明のままだ。最大震度7の揺れが連続して襲い、千回を超える余震が続く“連鎖”は、犠牲者の拡大につながった。失われた命、救われた命…。連載「熊本地震 連鎖の衝撃 生命編」は、引き裂かれた生死の瞬間をたどる。
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