妻が認知症に…「俺がしないと」 増える男性介護者、「ケアメン」の生き方

熊本日日新聞 | 2021年01月17日 15:20

 厚生労働省の2019年国民生活基礎調査によると、家族の介護を主体的に担う同居者のうち、男性は35・0%と01年の23・6%から大幅に増えた。女性に比べ、男性介護者は家事に不慣れで地域社会との結び付きが弱く、介護に行き詰まって孤立するケースも少なくない。「ケアメン」と呼ばれる男性介護者の現状をリポートする。(福井一基)
※2020年11月、熊日朝刊に掲載した連載「続・自分らしく 認知症、ケアメンの日々」3回の記事をまとめました。記事中の情報は掲載時点、文中敬称略

光嶋敏雄さん(左)のハーモニカの演奏に合わせてハミングしたり体を動かしたりする妻・早代子さん=2020年10月、熊本市中央区(後藤仁孝)

 若年性認知症、妻の心揺さぶる 哀愁のハーモニカ

 「赤とんぼ」「もみじ」「五木の子守唄」-。哀愁を帯びたハーモニカの音色が響くと、それまでうつろな表情だった光嶋早代子さん(60)=熊本市中央区=は手足でリズムを取り始め、自然とハミングが漏れ出した。それは次第に“歌”となり、言葉が紡ぎ出されていった。

 早代子さんは6年前に若年性アルツハイマー型認知症と診断された。症状は徐々に進行し、今では会話もままならない。ハーモニカは、夫の敏雄さん(69)が「音楽が認知症にいい」と、昨年1月に習い始めたものだ。

 「まっとうやが好きなの」。興に乗り出した早代子さんは演奏が終わると、自ら松任谷由実の「ルージュの伝言」を口ずさみ始めた。「自然と体が動きだすなんて、音楽の力はすごい」。数曲を吹き終えた敏雄さんも満足げだ。

 早代子さんはトイレや入浴など、生活全般で介助が必要だ。着替えもできず、敏雄さんが手伝うとズボンの片方に両足を入れようとする。ドアノブが回せず、敏雄さんは朝からガチャガチャとノブを鳴らす音で起こされる。

 早代子さんの発症まで家事の一切を妻に任せていた敏雄さん。今では朝から米を6合炊いてみそ汁も鍋いっぱいに作り、3日分を作り置きする。「最初は大変だったけど、俺がしないとしょうがない。でも、晩酌の後の皿洗いだけは今でもストレス」とこぼした。

県内の認知症患者と家族の交流会「みどりの小路」で、ボール遊びを楽しむ光嶋敏雄さんと早代子さん夫妻=10月、熊本市東区の県民総合運動公園

 異変が起きたのは51歳だった9年前。敏雄さんが公務員を退職後に再就職した頃だった。早代子さんが何度も同じ話をすることに気付いた。スポーツ万能だったのに運動をしたがらなくなり、人と会うのも嫌いだした。料理を失敗し、車をぶつける。敏雄さんは更年期障害と思い込み「こんな症状もあるんだな」と驚いた。

 ある日、早代子さんの運転する車が急ハンドルを切り、助手席の敏雄さんを慌てさせた。2014年5月に病院を受診し、認知症と診断された。

 「治る病気と思っていた。治してやると意気込んでいた」。敏雄さんは早代子さんに新聞コラムの書き写しや「脳トレ」をさせ、時間がかかり誤字があると強い口調で注意した。今から思えば最悪の対応だった。

 「文句の付けどころがない妻」だった早代子さんが、コミュニケーションすら難しくなっていく。明るかった性格まで変わり、敏雄さんは妻の変化を受け入れられなかった。診断から1年以上は親戚にも病気のことを言えず、言えないことが心の重しになっていた。

 何でこんなこともできないのかと、いらいらが募り、早代子さんに手を上げたこともある。敏雄さんは「大変な状況は変わらない。いつもニコニコなんて、到底できない」と言い切った。

 そんな生活を送っていた今年4月、早代子さんが認知症の実母(83)宅から2人していなくなった。警察に届け、実母宅で待ち続けたが、時間はたつばかり。4月にしては冷えた日で、夜道は怖かろうと妻を思い、いたたまれなかった。

 見つかったのは翌日午前8時すぎ。「生きててくれて本当によかった」。敏雄さんは感情が噴き出し、人目もはばからず泣いた。「あんなに切ない思いをしたのは、人生で初めてだった」

 敏雄さんは1年前から新聞に載った菓子のレシピを切り抜いては手作りしている。敏雄さんのクッキーの話に早代子さんは「おいしいもん。ずっと食べられる」と不明瞭な言葉でしゃべり出した。

 早代子さんも料理が得意で、菓子類は本格的だった。敏雄さんが「何でも上手だった」と持ち上げると、早代子さんは「そうね」と一拍置いて、小さな声で言った。「でも、作れなくなったの」

 うつむき、表情を硬くしたように見えたが、内心をうかがい知ることはできなかった。

介護疲れ「包丁向けた」 共倒れの恐れ 周囲に助けを

 「毎日、毎日、下の世話。あのままだったら、俺が手に掛けていたかもしれない」

 熊本市西区の緒方照光さん(74)は1人になってがらんとした自宅で、率直な思いを語った。認知症の妻恵美子さん(70)は8月下旬、施設に入所した。

 10年前に診断を受けた恵美子さん。症状は今年に入って進み、4月には要介護4に。おむつをしていても毎朝寝間着をぬらした。風呂で洗ってやる際もじっとせず、汚物で体を汚した。

 「認知症と分かっていても蹴たくってやりたくなった」。恵美子さんの背中に、包丁を向けたこともあった。

 ショートステイやデイサービスがない日曜日は恵美子さんが外に出たがるため、午前7時にドライブに出掛け、1時間ほどで帰って10分休むと、また出掛けるサイクルを夕方まで繰り返した。

 「もう少し頑張れたかなと思うこともあるけど、入所して本当にほっとした。介護に追い詰められ、完全に参るところだった」

認知症の妻恵美子さんを落ち着かせるため、一日中ドライブに連れ出していた緒方照光さん。介護に追われ、「あれ以上やっていたら参っていた」と話す=熊本市西区

 一方、熊本市中央区の男性(81)は認知症の妻(79)が嫌がったこともあり、デイサービスの利用には消極的だった。福祉につながったのは診断から3年後の昨年4月だ。

 男性は心臓にペースメーカーを入れ、健康に不安もある。それでも、「妻には迷惑をかけた。これ(介護)も仕事と思って、できる限りをしたい」と言う。

 家族の介護を担う3人に1人が男性となった。男性は介護も仕事と同じ感覚で完璧にこなそうとするが、思い通りにならずに行き詰まりがちだ。介護殺人や虐待の加害者の多くが男性というデータもある。

 2019年の国民生活基礎調査によると、60歳以上同士の介護は74・2%。高齢層の割合は上昇しており、老老介護社会が到来している。

 認知症の人と家族の会県支部の事務局次長福永千鶴子さん(67)は「男性は一人で背負い込みがちで、福祉サービスにつながりにくい。周囲の助けを上手に利用できず、共倒れになる懸念が付きまとう」と案じる。

 そんな中、緒方さんらがつながったのが、県と熊本市の委託で家族の会県支部が運営する「ケアメン(男性介護者)のつどい」。参加者には介護疲れから「妻の首を絞めようと思った」などと吐露する人もいた。つどいで思いを吐き出し、苦悩を共有することで日々を乗り越えていったという。福永さんは「このような場を知らない人と、どうつながるかが課題だ」と話す。

 10月14日、熊本市であったつどいの場で、緒方さんたちは近況を語り合った。内容は深刻だが表情は明るく、冗談が飛び交った。

 誰かが言った。「俺たちは下の世話の話をさかなに、ビールが飲める」。日常の苦労を少し横に置いて、ほっと息をついた。

離職、降格「自分で介護を」 両立難しく覚悟の選択

 小さく口を開けた妻にスプーンで食事を運ぶ夫。妻は目をつむったまま反応も示さないが、夫は構わず語りかける。「ヒロちゃん、目を開けて。お肌つるつるだって、褒められたよ」

 熊本市南区の横山孝司さん(66)=仮名=は、認知症の妻浩子さん(66)=同=の食事を毎回1時間かけて介助する。口内に食べ物を入れても数回に1回はそしゃくできず、ほおを刺激してやると思い出したようにもぐもぐと始める。浩子さんは要介護5になって7年近く。意思の疎通もできない。

認知症の妻の食事介助をする横山孝司さん(仮名)。口に入れてのみ込むまでに時間がかかり、毎食1時間を費やす=2020年10月、熊本市南区

 2009年に若年性アルツハイマー病と診断された浩子さん。会社員だった孝司さんは当時55歳。浩子さんとコミュニケーションできる時間は残りわずかと考えた。自宅マンションのローンも終わり「あと何年生きていていいか計算し」退職を決意した。

 子ども2人は独立。近所付き合いはなく、職場以外の人間関係は皆無だった。孝司さんは「デイサービス」の意味すら知らないほど介護に関する知識や情報がなく、どう対応すればいいのか分からない。要介護認定されたのは診断から4年近くも経過した13年6月。14年1月には要介護5の認定を受けるほど、症状は進んでいた。

 デイサービスを利用し、施設入所は見送っている孝司さん。「施設ではこれほど時間をかけて食事介助をしてもらえない。食べられなくなるまでは自分でみていたい」と話す。

 孝司さんのように離職して介護に専念する男性がいる一方、熊本市の会社員男性(58)は認知症の妻(63)の介護のため、部長職から“平社員”に降格するよう会社に願い出た。管理職のままでは帰宅が遅くなり、妻が1人になる時間が長くなるからだ。男性は「降格はしたが、会社には気を使ってもらっている」と感謝する。

 5年ごとに実施される国の就業構造基本調査によると、働きながら介護をしている男性は151万人、女性194万人(17年)。過去1年間(16年10月~17年9月)に介護のために離職した人は9万9千人(男性2万4千人、女性7万5千人)に上った。前回調査から女性が6千人減ったのに対し、男性は4千人増えている。

 男性介護者と支援者の全国ネットワーク事務局長の津止正敏・立命館大教授は「介護保険制度では、同居家族がいれば炊事などの生活援助サービスが原則利用できず、その結果介護を理由に離職せざるを得ないケースが相当数に上る」と指摘。「介護者の大多数は働いている人。介護に専念しているという旧態依然たる前提で介護政策が設計されており、実態との矛盾がある」と訴える。

 認知症の人と家族の会県支部の村田洋子事務局長は言う。「家庭を顧みなかった贖罪[しょくざい]の気持ちで妻の介護に取り組む男性は多い。“覚悟の介護”という肩の力を抜き、周りの協力を得ながら取り組んでほしい」

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