無条件で甘えられる存在【「家族」を超える 親と子の視点で⑥】
施設で育ち、シェアハウスを経て、独り立ちしようとする若者がいる。
「明けましておめでとう。かんぱーい!」
社会的養護が必要な若者を支援する熊本市のNPO法人「トナリビト」が運営するシェアハウス「IPPO(いっぽ)」(同市)。1月20日夜、トナリビトのスタッフも交えて月1回開く「オープンデー」で、シェアハウスの入居者6人に、スタッフの子どもも交じった十数人が、食卓を囲みながら談笑した。
法人代表理事の山下祈恵[きえ]さん(36)が手巻きずしを手渡すと、コウスケさん(21)=仮名=はひときわおいしそうに頰張った。翌月にはシェアハウスを退去し、転職のため上京する。「チケットの手配から現地の案内まで全て祈恵さん頼み。東京に行っても、困り事は祈恵さんに聞く。子どもが親を頼るのと一緒でしょ」と相好を崩した。
生まれてすぐに熊本市の乳児院に預けられ、高校卒業まで児童養護施設で過ごした。「顔つきが違うから、多分父親も違う」兄ら5人きょうだいの真ん中で、きょうだい全員が施設で育った。
コウスケさんの後、弟と妹を産んだ母親は関東に居を移し、年1回施設に会いに来るだけ。父親は存在すら知らない。施設の職員が親代わりとなったが、コウスケさんは、職員が「理想の親」だったという。
「DVやら貧乏やら、実の親の下で育って大変な目に遭ったやつをたくさん知っている。そんな家庭より施設の方が、いろんな経験を積めて裕福な生活ができた。母親とどっちを取るか聞かれたら、断然先生(施設職員)に決まってる」
「家みたいな感じ」と言って今でも遊びに立ち寄る施設は「ずっと育ててもらった大切な場所。ただ、先生はやっぱり先生だし、周りの子も“きょうだい”ではない」と割り切る。
高校で調理師免許を取り、卒業と同時に熊本市内のホテルで働き始めたコウスケさん。施設は18歳で原則退所するため、知人のつてで2020年4月、シェアハウスに入居した。
コウスケさんは「親元より施設でよかった」と達観した口ぶりだが、山下さんは「当初は母親の存在を強く意識していた」とみている。「母親を頼れず、頼ったら駄目だと気持ちにふたをし、諦める作業を続けてきた。ここ数年で乗り越えた感じがする」
コウスケさん自身は「自分たちをなぜ育てなかったのかという思いはあるが、大人になるにつれ、もういいかなと思うようにもなった。仕方なかったんだろう」と実親への思いを語る一方で、東京行きを決めたのには母親の存在もあった。母親との距離感は、コウスケさん自身も測りかねたままなのかもしれない。
「25歳くらいで結婚して家庭を持ちたい」と将来を思い描くコウスケさん。2月20日、山下さんらシェアハウスの皆に見送られながら、東京に飛び立った。「祈恵さんは俺らのことをいつでも第一に考えてくれる存在。関係性を何と言って良いかは分からないけど、無条件で甘えられるのが家族であれば、これが家族なんじゃないか」(「ゆりかご15年」取材班)
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