無条件で甘えられる存在【「家族」を超える 親と子の視点で⑥】

熊本日日新聞 2023年3月27日 09:06
シェアハウス「IPPO」でスタッフらと食卓を囲むコウスケさん(中央)。「無条件で甘えられる」と山下祈恵さん(右)を慕う=1月、熊本市(谷川剛)
シェアハウス「IPPO」でスタッフらと食卓を囲むコウスケさん(中央)。「無条件で甘えられる」と山下祈恵さん(右)を慕う=1月、熊本市(谷川剛)

 施設で育ち、シェアハウスを経て、独り立ちしようとする若者がいる。

 「明けましておめでとう。かんぱーい!」

 社会的養護が必要な若者を支援する熊本市のNPO法人「トナリビト」が運営するシェアハウス「IPPO(いっぽ)」(同市)。1月20日夜、トナリビトのスタッフも交えて月1回開く「オープンデー」で、シェアハウスの入居者6人に、スタッフの子どもも交じった十数人が、食卓を囲みながら談笑した。

 法人代表理事の山下祈恵[きえ]さん(36)が手巻きずしを手渡すと、コウスケさん(21)=仮名=はひときわおいしそうに頰張った。翌月にはシェアハウスを退去し、転職のため上京する。「チケットの手配から現地の案内まで全て祈恵さん頼み。東京に行っても、困り事は祈恵さんに聞く。子どもが親を頼るのと一緒でしょ」と相好を崩した。

 生まれてすぐに熊本市の乳児院に預けられ、高校卒業まで児童養護施設で過ごした。「顔つきが違うから、多分父親も違う」兄ら5人きょうだいの真ん中で、きょうだい全員が施設で育った。

 コウスケさんの後、弟と妹を産んだ母親は関東に居を移し、年1回施設に会いに来るだけ。父親は存在すら知らない。施設の職員が親代わりとなったが、コウスケさんは、職員が「理想の親」だったという。

 「DVやら貧乏やら、実の親の下で育って大変な目に遭ったやつをたくさん知っている。そんな家庭より施設の方が、いろんな経験を積めて裕福な生活ができた。母親とどっちを取るか聞かれたら、断然先生(施設職員)に決まってる」

 「家みたいな感じ」と言って今でも遊びに立ち寄る施設は「ずっと育ててもらった大切な場所。ただ、先生はやっぱり先生だし、周りの子も“きょうだい”ではない」と割り切る。

 高校で調理師免許を取り、卒業と同時に熊本市内のホテルで働き始めたコウスケさん。施設は18歳で原則退所するため、知人のつてで2020年4月、シェアハウスに入居した。

 コウスケさんは「親元より施設でよかった」と達観した口ぶりだが、山下さんは「当初は母親の存在を強く意識していた」とみている。「母親を頼れず、頼ったら駄目だと気持ちにふたをし、諦める作業を続けてきた。ここ数年で乗り越えた感じがする」

 コウスケさん自身は「自分たちをなぜ育てなかったのかという思いはあるが、大人になるにつれ、もういいかなと思うようにもなった。仕方なかったんだろう」と実親への思いを語る一方で、東京行きを決めたのには母親の存在もあった。母親との距離感は、コウスケさん自身も測りかねたままなのかもしれない。

 「25歳くらいで結婚して家庭を持ちたい」と将来を思い描くコウスケさん。2月20日、山下さんらシェアハウスの皆に見送られながら、東京に飛び立った。「祈恵さんは俺らのことをいつでも第一に考えてくれる存在。関係性を何と言って良いかは分からないけど、無条件で甘えられるのが家族であれば、これが家族なんじゃないか」(「ゆりかご15年」取材班)

RECOMMEND

あなたにおすすめ
Recommend by Aritsugi Lab.

KUMANICHI レコメンドについて

「KUMANICHI レコメンド」は、熊本大学大学院の有次正義教授の研究室(以下、熊大有次研)が研究・開発中の記事推薦システムです。単語の類似性だけでなく、文脈の言葉の使われ方などから、より人間の思考に近いメカニズムのシステムを目指しています。

熊本日日新聞社はシステムの検証の場として熊日電子版を提供しています。本システムは研究中のため、関係のない記事が掲出されこともあります。あらかじめご了承ください。リンク先はすべて熊日電子版内のコンテンツです。

本システムは「匿名加工情報」を活用して開発されており、あなたの興味・関心を推測してコンテンツを提示しています。匿名加工情報は、氏名や住所などを削除し、ご本人が特定されないよう法令で定める基準に従い加工した情報です。詳しくは 「匿名加工情報の公表について」のページ をご覧ください。

閉じる
注目コンテンツ
熊本のニュース