誰もが愛されていいんだ【「家族」を超える 親と子の視点で⑦】
熊本市のNPO法人「トナリビト」が運営するシェアハウス「IPPO(いっぽ)」は、児童養護施設などを巣立った若者の自立を支援しようと2019年1月にオープンした。
代表理事の山下祈恵[きえ]さん(36)は「家族の愛情を知らず、つまずいた時に何のバックアップもないというハンディを抱えた子たちばかり。みんなが18歳で自立できるわけではなく、ゆっくり大人になるのを待ってあげる場所が必要だった」と振り返る。
最大6人まで受け入れ可能で、現在の入居者を含め、これまで16人が身を寄せた。それぞれに個室があり、鍵もかけられる。仕事に出る者もいれば一日中、部屋にこもる者も。唯一、夕飯だけは山下さんも含めて一緒に食べることが多く、食卓を囲む風景は緩やかにつながる家族のようだ。
そんなシェアハウスに昨年2月、小さな変化が起きた。山下さんが長女を出産したことだ。山下さんは自身の子どもが生まれたことで気持ちに特段の変化はないというが、山下さんを親代わりと慕う入居者らの中には「母親を取られた」と嫉妬し、陰で長女を泣かせたりしたこともあった。
法人が運営する居場所スペースでも、長女を抱っこして離さない子、怖がって近寄れない子など反応はさまざまだ。自身が母乳で育った経験がないことを知識で知っているからか授乳に興味を持つ子もいれば、その自身の欠落感を突きつけられる子もいる。長女の誕生は多かれ少なかれ、ここにかかわる若者の心を揺さぶっている。
乳幼児期の欠落感については、随所でみられるという。過去には女性入居者が「夜眠れない」と添い寝を頼んでくることもあった。山下さんは「ずっと施設で育っていたので、仕事を度外視してだれかに寄り添ってもらいたかったのかもしれない」と思いやる。
シェアハウスに2年間身を寄せ、山下さんが「血のつながらない娘」と呼ぶショウコさん(21)=仮名=は「祈恵さんに本当の娘が生まれたから、私は(娘ではなく)妹」と言いながら、「家族はいなくて良かった。家族がいて、亡くなればショック。失って悲しむものは、ない方がいい」と言い切った。
ただいずれにせよ、子どもを持つとはどういうことかを知るモデルケースにはなっていると、山下さんは受け止める。
居場所すら知らない親でもその存在を意識したり、現在進行形で親との関係に悩み、不仲で縁を切りたいと言いながら親に甘えたくなったり。山下さんはシェアハウスの若者たちに接し、「親の存在はいつまでも残っている」とつくづく思う。
その上であえて親代わりをするのは、親の愛を知らずに育った若者たちに、それでも愛されるために生まれてきた大切な存在であることを知ってほしいからだ。「甘えられ、安心して帰ってこられる場所を作るのは血がつながっていなくてもできること。どんな状況でも、愛されていいんだよと伝え続けたい」(この連載は清島理紗、志賀茉里耶、福井一基が担当しました)=第7部終わり
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