無罪は「不名誉な傷」 上がる起訴のハードル [くまもと発・司法の現在地/不起訴の陰影⑥]
検察官が容疑者を刑事裁判にかける起訴率は、なぜ下がり続けるのか。県警幹部は「捜査の現場では、昔より客観的な証拠は入手しやすくなったのだが…」とこぼす。
顕著な例が、防犯カメラの普及だ。平成に入った頃は、公的機関や銀行、スーパーなどに限られ、捜査は住民や関係者から話を聴く「地取り」が主流だった。今では民家や道路にカメラがあふれ、ドライブレコーダーも社会に浸透した。
警察は、殺人などの重大事件が発生すれば、大勢の捜査員を投入して周辺のカメラ映像をかき集める。決定的な証拠として重宝されるからだ。
「担当検事から、当たり前のように『映像はありますか』と尋ねられる」と捜査員。裏を返せば、映像などの客観証拠に乏しい事件は、起訴に向けたハードルが跳ね上がる。
別の幹部は「犯人しか知り得ない『秘密の暴露』もないとなれば、検察は慎重になる」と漏らす。容疑者が犯行を否認している事件は「なおさら」という。
日本の刑事司法は、確定死刑囚が初めて再審無罪となった免田事件をはじめ、数々の冤罪[えんざい]を繰り返してきた。2002年に富山県氷見市で起きた女性暴行事件では、誤認逮捕された男性が刑務所を出た後に真犯人が見つかった。03年の鹿児島県議選を巡る公選法違反事件(志布志事件)でも12人の無罪が確定した。
冤罪が起きるたびに、取り調べ段階の常軌を逸した自白の強要や、ずさんな裏付け捜査が問題視された。このため全国の警察は09年、不当な取り調べがないか別室から監督する制度をスタート。警察、検察の録音・録画による取り調べの可視化も08年以降、段階的に導入された。
元検事で、熊本地検次席も務めた崎坂誠司弁護士は「容疑者が否認や黙秘を続ける事件が増えた印象がある。取り調べの可視化の影響で検察官が萎縮し、否認の容疑者を厳しく追及しづらくなっているのではないか。それが起訴率低下の数字に表れている」とみる。
日本の刑事裁判の有罪率は長年、99%台で推移してきた。検察官が胸に付けるバッジは「秋霜烈日[しゅうそうれつじつ]」と呼ばれる。デザインが霜と日差しの組み合わせに似ていることから、検察官の捜査への厳正な姿勢や志の堅固さを表しているとされる。
「ぶっ殺すぞ」-。市川寛弁護士(東京)は01年、佐賀地検の検事時代に佐賀市農協を舞台とした不正融資事件の取り調べで、容疑者に暴言を吐いた。その際の自白調書は、起訴後の一審公判で任意性を否定されて証拠採用されず、無罪となった。
「追い詰められていた。事件をつぶしてはいけないと思った」と市川氏。「起訴して無罪というのは、検察官にとって不名誉な傷でしかない。『検察は間違わない』という自負が、ぎりぎりのところで不起訴の判断を増やす結果につながっているのだろう」
市川氏は指摘する。「公開の法廷で検察、弁護側双方が証拠を突き合わせ、裁判官の判断で一定数の無罪が出ても不思議ではない、というのが理想の姿だと思う。不起訴は、まさにブラックボックス。検察は説明を尽くすべきだ」(司法の現在地取材班)
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