匿名出産希望する妊婦、慈恵病院が保護 残る課題、法制化求める声も

熊本日日新聞 | 2021年11月03日 07:00

「誰にも知られずに出産したい」と希望する女性を保護している慈恵病院=熊本市西区

 熊本市西区の慈恵病院は10月下旬、「誰にも知られずに出産したい」と訴える臨月の女性を保護していることを明かした。同病院は、望まない妊娠に悩む女性が公に身元を明かさず出産できる独自の取り組みを導入しているが、日本では「匿名出産」や相談機関にのみ身元を明かす「内密出産」は法制化されていない。対応を巡って熊本市との協議は難航しており、子どもの戸籍作成など課題は残ったままだ。

 「人に知られずに出産したい女性の受け皿を早くつくる必要がある」。10月29日、会見した慈恵病院の蓮田健院長は強く訴えた。

 熊本市はこれまで「現行法に抵触する恐れがある」として、内密出産を実施しないよう求めてきた。今回も「相談ならば匿名でも受けられる。病院と連携して現行制度を活用し支援につなげたい」との考えを示し、病院側には女性に身元情報を明かすよう説得を続けてほしいと伝えているが、蓮田院長は「強制はできない」としている。

 内密出産は、相談機関のみに身元を明かし、医療機関で出産する制度。母親の匿名性と安全な出産、子どもが出自を知る権利を担保するため、ドイツなどでは法制化されている。慈恵病院が2019年12月に導入した「内密出産」はこれに倣い、妊婦が病院の新生児相談室長にのみ身元を明かし、同病院で出産する仕組み。親の情報は同室が保管し、子どもが一定の年齢になれば閲覧できるという。

 導入の背景には、親が育てられない子どもを匿名でも預かる同病院の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に「孤立出産」を伴う預け入れが相次ぐことにある。医療関係者が立ち会わない「孤立出産」は母子共に命の危険があり、「ゆりかご」の運用状況を検証する市の専門部会も17年9月、内密出産の制度化を国に働き掛けている。

 これを受け、病院は導入に向けて熊本市と約1年半にわたり協議を進めたが、進展がなく、独自の運用に踏み切った。現在保護している女性が内密出産を選択すれば初の実施例となる。

 ただ、民間病院独自の運用となると、子どもの戸籍作成が課題となる。市によると、身元不明の母親が出産した場合は、病院が父母の欄を空欄にして出生届を提出。子どもは「棄児」扱いとなり、首長が一人戸籍を作成するとみられる。しかし、病院が母親の身元を知りながら出生届を空欄で提出するのは、「公正証書原本不実記載罪」に当たる可能性もあるという。

 子どもの「出自を知る権利」をどう担保するかも大きな課題だ。5月まで「ゆりかご」専門部会長を務めた山縣文治関西大教授は「実親の身元情報を安全に保管し続けられるか、いつ子どもに親の身元を知らせるのかなど、想定される課題が多い」と懸念を示す。

 県内のある産婦人科医は「匿名で出産したいという相談はあるが、保険が使えないなどデメリットもあり、社会的な支援にもつながりにくい。匿名や内密以外に解決法がないか十分な検討が必要だ」と語る。

 市はこれまで「一民間病院・一地方自治体で解決できる問題ではない」として、国に法整備の検討を再三要請してきたが、国が積極的に関与する動きは見られない。行政と病院の思惑が平行線のまま匿名での出産を希望する女性の出産は迫っている。(清島理紗、志賀茉里耶)

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