遊園地どこ? 住宅地に「遊園地前」バス停 名前の謎、調べてみた

熊本日日新聞 | 2021年04月27日 10:09

泉ケ丘公園前にある「健軍遊園地前」のバス停=熊本市東区
泉ケ丘公園前の「健軍遊園地前」バス停。奥に「熊本市動植物園」の方向を示す案内板がある=熊本市東区
泉ケ丘公園内には、すべり台やブランコ、土俵が整備されている=熊本市東区

 熊本市東区水源の小さな公園前にある「健軍遊園地前」というバス停について、「周囲に遊園地らしきものはないのに、なぜ『遊園地前』なのか」との疑問の声が熊日の「SNSこちら編集局」(S編)に届いた。昔はこの近くに遊園地があったのだろうか。取材を進めると、名前の謎が解けた。

 市電の終点・健軍町電停近くから約300メートル南に入った住宅街に、そのバス停がある。バス停前の公園は「泉ケ丘公園」。広さ約2千平方メートルで、滑り台とブランコ、土俵、公民館がある“普通”の公園だ。一般的にイメージする遊園地ではない。近くの遊園地といえば約1キロ西に市内を代表する市動植物園があるが、「遊園地前」というには随分遠い。

 バス停は市交通局、都市バスと引き継がれ、今年4月からは一部産交バスも運行している。都市バスに名前の由来を確認したが、「市交通局にも聞いたが、分からなかった」との回答で、謎は解けなかった。

 いつごろからあるバス停なのか。1969(昭和44)年の熊本市営バスの路線図には、すでに「遊園地前」のバス停が存在。さらにさかのぼって、住宅地図を調べたところ、57年の地図から現在の公園の場所に「遊園地」と大きく記されていた。56年前後にバス停の由来となる「遊園地」ができたようだ。

 どんな「遊園地」だったのか。10代から公園近くに住む塩先幸人さん(92)は「盆踊りや相撲大会でにぎわっていたが、遊園地のような遊具はなかった」。公園前で60年近く理髪店を営む高野勝年さん(78)は「今より大きな滑り台やシーソーもあり、学校の校庭のように多くの子どもが遊んでいた」。2人は当時も現在と大差ない公園だったと口をそろえる。

 「遊園地」の謎が解けないまま取材を進めていると、普通の公園に「遊園地」という名前が付いている事例を県内や全国で相次ぎ見つけた。どうやら児童福祉法の「児童遊園」との関連があるようだ。

 熊本市公園課に確認すると、開設当時の詳しい資料は残っていなかったが、同公園は児童福祉法に基づく児童遊園として整備されたことが判明。現在は都市公園条例によって管理されている「街区公園」となっていた。

 調べると、複数の自治体に公園設置のための「児童遊園地設置条例」などとして、遊園地の名称が残っていることが分かった。宇土市には「城之浦児童遊園地」が存在。玉名市は「高瀬児童遊園地」があるが、過疎・少子化に伴い、今月1日で廃止された。

 終戦直後の47年に施行された児童福祉法は、「児童遊園」を子どもたちに健全な遊び場などとして設置することを定める。バス停に残る「遊園地」とは「公園」のことだったが、戦後復興の歩みにも思いをはせる名前だった。(和田毅)

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