転身… 「総理によく似た男」 60歳で政界引退し湯河原へ ヒゲも剃らずに奈良の山中でろくろ回し 一夜城のような茶室 細川家と縁ある古寺のふすま絵制作 <細川護熙さんのあのころ>

熊本日日新聞 2024年1月27日 05:00
細川護熙作 井戸茶盌(2014年、撮影・齋藤芳弘)
細川護熙作 井戸茶盌(2014年、撮影・齋藤芳弘)

(聞き手・宮下和也)

 -1998年4月、60歳で政界を引退した細川さんは東京を離れ、神奈川県湯河原町の山中に住まいを移しました。母方のおばあさんが長く暮らした小さな平屋を「不東庵」と名付け、念願だった晴耕雨読の生活へ。翌年、奈良在住の陶芸家辻村史朗さんについて焼き物の修業を始めました。

「野生の王国」でろくろ修業

 焼き物をやろうと思ったのは、白洲正子さんの娘婿の牧山圭男さんの個展を銀座に見に行ったのがきっかけです。帰りに本屋に寄って、現代の作家で私の気に入るようなものを創っているのは誰だろうと、陶芸の本や雑誌を買い込んでパラパラめくりました。そうしたら辻村さんのページにたまたま目がいったんですね。ああ、この人の創っているものは面白いなと。

 履歴を読むとなかなかの荒法師というか、容姿だけじゃなくて言論も型破りで、いい意味で野生そのままのような。すぐに弟子入りしようと思い立ちました。とても弟子なんか取るような人じゃなさそうなんですが、思い切って電話をかけました。

 「湯河原の細川っていうもんですけども、ちょっとあなたの作品を拝見したい。伺ってよろしいですか」「ああ、ええよ。来たらええ」と言われてね。

 年齢は辻村さんが10歳ほど下ですが、態度は向こうがずっとでかいんです。「薬師寺まで用があるから、迎えに行ってやるわ」というので行ってみると、坊主頭の、無精ひげを生やした、黒い服を着た、何ともこわもて風のオッサンが、だいぶ年季の入ったポルシェに乗ってやってきました。

 そこから30分くらい山をずっと上がっていって、周りは遠く離れて農家が1軒見えるだけのところ。そこに、辻村さんが二十歳ぐらいの時にそこいらの材木を引っ張ってきて、奥さんと二人で建てたという家と工房がありました。

 私も新聞記者をしていた若い頃、「野蛮人」というあだ名でしたが、なぜか意気投合して、半分居候のような感じで、「押しかけ弟子」となったわけです。

 -湯河原と奈良を往復して、奈良に泊まり込みもして。

 3週間にいっぺんくらい家に戻ったかな。朝6時すぎから夕方6時頃までずっとろくろを回し続けでした。ろくろ場は母屋の方から坂道をちょっと登ったところ、300メートルくらいあったかなあ。そこがまた世にも汚い作業場でね。私には、彼から2メートルくらい離れた古いろくろを使っていいと言われたんだけど、焼いた茶碗のかけらなんかが足元いっぱいに散らかっている。手拭いも何年も洗ったことがないような代物。

 ろくろを使うことを水引ともいいます。水を使いますから、何か容器に入れて置いとくわけですが、その水が泥水みたいになっている。中からピョコンとカエルが跳びだしてきた時は驚きました。後からほかの陶芸家のところにもいくつか行きましたが、あそこだけはびっくり仰天でしたね。私はそこを野生の王国と言っていました。すごいところでした。

 -細川さん以外の弟子はいない? 一対一ですか。

 もともと弟子は全く受け付けないですから。何か聞いてもね、「あかん、ほかせ(捨てろ)」「しつこいオッサンやな」と言うだけ。ほとんど言葉を発さないし、教えるわけじゃないですから。まあ昔の人はみんなそうだったみたいで、習うより慣れろということですね。何も言わないで、時々ちょっとこっちを向いて、「あかん、ほかせ」「あかん、ほかせ」。

 1年半くらい泥だらけになってろくろを回しました。汚い格好をして、ヒゲも剃[そ]らずに。二人ともあんまりものも言いません。こっちは真剣。彼の方もあまり愛想が良くない。そこへ時々は業者の人やデパート、画廊の人なんかも来るわけですよ。びっくりして母屋へ帰ってね。奥さんに「いま作業場の方に行ってきたが、二人とも暗い顔してろくろを回していた。ところで先生の横にいた男は、昔総理大臣をやっていた細川さんによう似とるな」。

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