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やんちゃ坊主と論語 素読で培った教養 興味なければやる気起きず 「港町発展の条件」に出した答えは… <細川護熙さんエッセー>
子ども時代の私は結構やんちゃ坊主でした。戦争で一年疎開していたので、小学校に入学したのは敗戦の翌年、昭和二十一年です。疎開先だった鎌倉の家から地元の小学校、途中から横須賀にあるカトリック系の小学校に転校しました。父はそういうしつけの厳しい学校に入れた方がいいと考えたようです。
父は私たち兄弟に能とピアノの先生をつけましたが、草野球やチャンバラをしている方が楽しい年頃ですから、稽古のときはいつも逃げ回っていました。
ピアノの先生は髪をひっつめにした、いつも和服姿の中年の女性の先生でしたが、あるとき先生がトイレに入っているところを外から釘づけにしたため破門されて、ピアノはそれで中止になりました。
そんなありさまですから、当然ながら勉強も好きなわけはありません。その私が、いま古典や漢籍に親しんでいる原点は、幼年時代の素読にあったと思います。小学校に上がる前から「古文孝経」「論語」「万葉集」「古今和歌集」などの素読をやらされていたからです。
素読というのは、要するに音読です。内容の理解は抜きにして、古文や漢文の字面を追って声に出して読み、覚えるのです。明治の頃までは、みな素読で文章のスタイルを身体にしみこませ、それを基本素養として思想や哲学を培っていました。
小学生が「論語」の素読をしても意味はわからず面白いわけがないのですが、父が厳しく、戦時下で灯火管制が敷かれているさなかでも、押し入れや防空壕の中で、ロウソクを点[とも]しながら素読は続きました。できないと割り箸でピシッと手の甲を叩かれるので、半べそをかきながらやっていました。
「門前の小僧、習わぬ経を読む」ではありませんが、その頃覚えたものはいまもしっかりと脳裏に刻みこまれていて、何かの折に「論語」の言葉や「古今集」の歌などが口をついて出てきます。
父が漢文や古典の素読を子どもたちに叩きこもうとしたのは、京都帝国大学時代、恩師である哲学者の西田幾多郎先生の影響によるものだったそうです。
西田先生はあるとき父に「君は生死の関頭に立った時に何を思うか」と尋ねられました。父は「まだそのような経験がないのでわかりませんが、先生は何を思われますか」と逆に質問したのだそうです。すると先生は「子どもの頃に暗唱した古典だ。『十八史略』とか『論語』とかいったものだ」と言われた。そして「日本人はいま古典を読まないが、昔の人は古典を暗唱したものだ。四つか五つの時から『子のたまわく…』と覚えた。その時に意味はわかりっこない。しかしそれが生死の関頭に立った時にふっと頭に浮かぶのだ」「そこで人間が開ける。それが本当の教育というものだ」と言われて父はその教えを実践したわけです。
当時は父のやり方に反発していましたが、いまとなっては、教養の基礎を整えてくれたことに感謝しています。
中学は中高一貫のカトリック系の男子校に進みましたが、せっかく入ったこの学校は全く私の性に合いませんでした。教師はドイツ人の神父さんが多く、厳格な教育方針でした。バンカラな旧制高校的な雰囲気に憧れていた私としては、この校風はどうしても肌に合いませんでした。
私は自分が好きなこと、意味があると思ったことは一生懸命やるのですが、興味の持てないものは一切やる気が起きず、理数系、特に数学や物理、化学などには全く関心が湧きませんでした。宿題さえろくにやらなかったのでいつも落第点の赤点ばかり。通信簿を食堂の机の上に放り出すと、父はいつも苦虫を噛[か]み潰[つぶ]したような顔をしていました。
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