暮らしのリズムを保つ 入り込んだカントイズム ナッツをつまみ、亜麻仁油を1日大さじ4杯 <細川護熙さんエッセー>

熊本日日新聞 2023年6月24日 05:00
「一日生涯」としたためたうちわを手に笑顔を見せる細川護熙さん=神奈川県湯河原町(小野宏明)
「一日生涯」としたためたうちわを手に笑顔を見せる細川護熙さん=神奈川県湯河原町(小野宏明)

 偉大な哲学者カント(1724~1804年)については、多くの書物がありますが、私は若い頃に、カントの生き方、生活ぶりについて読んだいくつかの本に大変興味を覚え、以来私の生活のリズムにもそのカントイズムが入りこんでいます。

 彼の哲学を体系づけたのは、徹底した規則正しい生活スタイルでした。朝5時に起きること。睡眠は必ず7時間とること。そのためにどんなことがあっても夜10時には床に就くこと。食事は1日1食とすること。毎夕散歩を欠かさないこと。余計なものは一切身のまわりに置かないこと。家具、調度、日常よく使うもの(例えば筆立てや、洗面用具など)は常に決まった場所に置かれ、少しでも位置を変えてはならないこと…。これらは心を平静に保ち、集中して思索できる状態をととのえておくための心構えであったし、また自分の健康を保つための配慮でした。

 彼の家は2階建てで、階下には、彼が学生たちと演習を行う講義室。書斎は2階にあり、そこには2つの簡単な机の上に、書物と書類が一杯。壁にはルソーの肖像画。蔵書はせいぜい500冊ぐらいで、それらは寝室に置かれていた。…哲学者が仕事をしているとき、家には墓地のような静けさが漂った。(『カント その生涯と思想』アルセニイ・グリガ著、西牟田久雄・浜田義文訳から要約)

 カントは朝起きると、まず書斎で紅茶を2杯飲み、パイプを一服吸うと、すぐ机に向った。7時から始まる講義まで思索し、原稿をまとめるこの時間が最も充実した時間だった。それが終ると再び部屋着を着て、書斎に籠った。午後1時きっかりに友人たちを迎え、4時ないし5時まで、愉しい時間を過す。「食事中の談話は偉大な芸術である」と信ずるカントは決して1人では食事をしないというのが、終生変らぬ信念だった。食卓の人数は、文芸の女神の数(9人)より多くなく、美の女神の数(3人)より少なくないのがよいということで、彼の家には6人分の食器だけが常に用意されていた。

 食後、彼はふたたび書斎に戻り、やがて親友グリーンの家を訪ね、午後7時になると散歩に出た。その時間が毎日、1分とちがわないので、カントが散歩する姿を見ると街の人は時計を合わせるほどだったという。そして散歩から帰ると、あとの時間は読書で過し、10時ぴったりに床に就いた。(前掲書、同)

 カントはこのように日常生活をあえて習慣化し、いささかの変化も欲しなかった。だから彼は旅にも出なかったといいます。

 私の暮らしもカントほど徹底してはいませんが、変化を欲しないという点では共通したところが多分にあります。カントの1日1食が、1・5食になっている以外は、朝5時すぎに起床、夜9時30分には床に就いて、軽めの本を読む。できるだけ身のまわりにモノを置かず、常に決まった場所に置く、旅行にも極力出掛けない、家の中でもエアロバイクなどでできるだけ体を動かし、歩けるときは歩く。静かに、心穏やかに暮らすことなどは、私にとってもやはり心身のバランスを整え、健康を保持するための欠かせないルーティンになっています。

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