【連鎖の衝撃 経済編①】サプライチェーン寸断㊤ トヨタを止めるわけには
熊本地震の本震から数時間後の4月16日午前7時過ぎ。熊本市南区城南町のアイシン九州の工場に駆け付けた高橋寛社長(62)の目前に、目を疑うような光景が広がっていた。
2日前の前震では脱輪にとどまっていた天井の移動式大型クレーンが落下、巨大なプレス機を破損させている。大きいものでは数トンある金型も、一部は壁を突き破り外に飛び出していた。
680人いる従業員の多くも被災。家屋の全半壊113人、一部損壊131人(2日時点)。そんな中、自主的に集まった従業員たちによる被害状況の確認が続いた。
アイシン九州は、トヨタ自動車(愛知県豊田市)向けを中心にドアやシート部品を生産。中でもドアの開閉を制御する「ドアチェック」は、トヨタの年間の国内生産に匹敵する300万台分の生産を手掛ける。
そのサプライチェーン(部品供給網)を寸断する操業停止によって、トヨタは国内にある完成車の16組立工場(30製造ライン)のうち、26ラインを段階的に一時停止せざるを得ない事態に追い込まれた。
高橋社長は、14日の前震翌日、トヨタなどとの電話会議で「一部は3~4日で復旧できそう」と伝えていた。しかし、続く本震による大きな揺れで被害が拡大。16日朝、アイシン九州の工場に到着したトヨタの社員はその惨状に顔色を失った。「聞いていた話と違うじゃないですか…」
アイシン九州の親会社で、トヨタ系部品大手アイシン精機(愛知県刈谷市)は、全国の工場で耐震改修を進めていた。しかし、南海トラフ地震を想定した愛知県の本社・グループ工場が優先され、「地震が少ない」とされていた九州への対応は遅れ気味だった。そこへ、想定外の2度の激震が襲った。
本震当日の午前中、アイシン九州工場東側のグラウンドに前震を受けて設営されていた仮設テントで、現地対策会議が開かれた。応援に来たアイシン精機やトヨタなどの社員も顔をそろえ、生産の立て直しに向けた協議が本格化した。
午後には、アイシン精機本社でも対策会議が開かれ、愛知での代替生産などを検討。電話で会議に加わった高橋社長は、ドアチェックの九州内での代替生産を提案した。ドアチェックの成型に不可欠な金型を「熊本から愛知まで運ぶ時間的余裕はない」(高橋社長)からだ。ドアチェックの生産・供給が滞れば、トヨタの完成車生産の遅れにつながる。アイシン精機も九州内での生産を選択した。
「トヨタを止めるわけにはいかない」。アイシン九州営業調達部の小田浩一郎部長(47)は、そんな思いで日付が変わるまでドアチェックの代替生産先の調整を進めた。
翌17日午前、代替生産を打診されていた荒尾市の安高金属工業の古賀慎吾社長(47)が車で駆け付けた。
古賀社長には東日本大震災での苦い経験があった。同震災では直後にトヨタの全ラインが停止し、完全復旧に約1カ月を要した。古賀社長の会社も完全に仕事が戻るまで半年ほどかかり、その間、必死の思いで従業員の雇用を守り続けた。
「うちが受けなければ、トヨタの生産再開が遅れて、全国の中小企業にも影響が及ぶ」。古賀社長は従業員38人全員で取引先を支援しようと腹を決めていた。(原大祐、高宗亮輔)
◇ ◇
熊本地震は、業種を問わず地域経済に深刻な影響を及ぼした。連載「熊本地震 連鎖の衝撃 経済編」では、地域経済の足元で何が起き、何が課題となっているのか、雇用、農業も含め現場を追った。
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