【連鎖の衝撃 建物編⑤】 傾きなしでも「赤紙」判定 揺らいだ耐震基準 “想定外”への対策必要

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熊本市東区沼山津の農業、中川有朋さん(69)方は築24年の木造2階建て。4月14日の前震で内壁が剥がれ、家具などが倒れたが、柱や天井は持ちこたえた。次女の家に身を寄せながら、「修理で済むかもしれない」と再建を見通した。
16日未明の本震は、そんな望みを打ち砕いた。柱が折れて2階部分が真下に落ち、1階を押しつぶした。中川さんは鈍く光る瓦屋根を見やり「台風にはびくともしなかったのに…」と、やるせない表情を浮かべる。
建築基準法に基づく耐震基準は、地震から人命や財産を守ることを目的に、建物が倒壊・崩落しないよう定められている。震災の度に強化されてきたが、今回のような地震の連続は想定していない。国内で初めて震度7を2回観測した熊本地震について、研究者たちは「現基準の枠を超えるものだった」と口をそろえる。中川さん宅のように新基準(1981年)後の住宅でも2度目の地震で全壊したり、最近の新築住宅でも倒壊したりしたことが分かっている。
熊本市西区の築25年の鉄筋マンションには、分譲や賃貸で約60世帯が入居。地震で外壁に約3メートルの亀裂ができたが、建物に傾きなどは見られず、構造自体に大きな問題は出なかったという。だが、居住の目安となる応急危険度判定では「危険」とされ、エントランスに赤紙が貼られた。
「部屋にはひびが入り、家財はめちゃくちゃ。周りも次々と転居し、不安感はぬぐえない」。賃貸で入居していた主婦(39)は5月14日に転出。ほかにも契約を解除して出て行く住人が後を絶たないという。一方、分譲入居の男性会社員(52)は「私たち家族はほかに行き場がない。もう揺れないことを祈るだけだ」と不安顔だ。耐震基準は倒壊などを防ぐための最低基準で、地震後の建物使用までは想定されていない。
実際のマンションやビルなどの設計では、「地震地域係数」の問題もある。国は過去の地震データを基に、耐震強度に地域差を認めており、係数を使って基準を調整。過去に大震災を経験した関東などに比べて、熊本県内は1~2割低く設定されている。係数は1980年以降一度も変更されていない。
京都大の五十田博教授(木質構造学)は「現行法の耐震基準はあくまで最低基準。中長期的な課題として、見直しの議論は必要になってくる」と言う。一方で「災害の度に見直しても、いたちごっこは永遠に続く。基準によらず、高い耐震性の建築を心掛けることが、命を守る一歩につながる」と、想定外の被害を繰り返さない方策を訴える。耐震性強化には建築コストの問題も関わる。
県立大環境共生学部の北原昭男教授(同)は「今回の地震で、熊本の原風景を形成するような建物も多く崩れた。熊本の景色を守るため、研究者や行政、県民も地震への意識を改めていかなければならない」と話している。(馬場正広、益田大也)=「建物編」おわり
耐震基準 建築基準法に基づき定めた基準。旧来は震度5強程度で「ほとんど損傷しない」こととされていた。1978年の宮城県沖地震を受け、81年に新基準に改正。壁の量などを増やし、震度6強~7程度で「倒壊・崩壊の恐れがない」とされた。木造家屋の被害が多発した95年の阪神・淡路大震災をきっかけに、さらに2000年に強化した。
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熊本市出身。早回しの歌に乗せた形態模写やデフォルメの効いた顔まねでデビューして45年。声帯模写も身に付けてコンサートや座長公演、ドラマなど活躍の場は限りなく、「五木ロボ」といった唯一無二の芸を世に送り続ける“ものまね界のレジェンド”です。その芸の奥義と半生を「ものまね道」と題して語ります。