連載【避難・問い掛ける熊本地震】①想定外、把握追い付かず

熊本日日新聞 | 2021年04月05日 09:46

熊本地震の前震発生後、路上に避難したマンションの住民ら=2016年4月14日午後10時20分すぎ、熊本市中央区国府(横井誠)
昨年7月の豪雨を受け、指定避難所を大幅に絞り込んだ村の新たな総合防災マップについて説明する中渡徹防災管理官=3月30日、球磨村

 「避難者数20人」。昨年7月豪雨で壊滅的な被害を受けた人口約3200人の熊本県球磨村。だが発災時に村が記録した避難データは、4日午前3時の人数を最後に途切れている。同時刻以降、役場には土砂崩れや、球磨川や支流が氾濫したとの通報が続々と押し寄せた。職員は懸命の対応に追われ、その時点で実際の避難者数は桁違いに膨らんでいた。

 「あらゆる手段を尽くして身の安全を確保してくださいっ」。中渡徹・村防災管理官(59)は、夜を徹して防災行政無線のマイクを握り、声を張り上げた。「2階へ垂直避難を」「指定緊急避難場所に限らなくてもいい」

 防災の先進自治体とされてきた球磨村。大雨警報が出る前の3日夕にはいち早く、村民が緊急時に身を寄せる指定緊急避難場所6カ所を開設した。ところが猛烈な雨でうち2カ所は浸水、住民は再避難を余儀なくされた。各戸スピーカーから繰り返し流れた避難の呼び掛けも、大雨の轟音[ごうおん]で十分に伝わらないケースがあったという。

◇「軒先」も多発

 5年前の2016年4月の熊本地震でも、「想定外」の避難は頻発した。

 避難生活の場となるはずの指定避難所のうち、多くの学校は建物の耐震基準を満たしながら、天井の落下や窓ガラスの破損で使えなくなった。避難者は指定外の学校や公共施設、公民館にも押し寄せ、トイレ不足や運営の混乱、支援の遅れが長引く事態に陥った。

 車中泊や損壊した自宅の敷地にとどまる「軒先避難」も多発。多くの人が本震後も続く揺れを恐れたためだが、避難所不足と誤解した政府が、一方的に「青空避難の解消」を県に迫る一幕もあった。

 県全体の物資の集積拠点となるはずだった益城町のグランメッセ熊本は被災して使用不能に。被災者ニーズが把握されず、多くの避難所で物資の過不足が生じ、被災地側の「受援力」が問われた。

 一方で震災の教訓が、昨年7月豪雨で生かされた例もある。県は避難所ごとのニーズを「見える化」する避難所カルテを導入。冷暖房や車椅子対応トイレの有無、スタッフの内訳など運営態勢を明らかにした。

 県健康福祉政策課は「必要な情報が共有でき、避難所支援がスムーズだった」。高齢者や妊婦、ペット同伴、周辺での車中泊など、より詳しい状況の把握に努めたという。

◇マップを一新

 球磨村は3月下旬、新たな総合防災マップを村民に配布した。被災前は村内全地区の公民館など73カ所を想定していた指定避難所を23カ所に再編。「千年に1度」の大雨でも浸水せず、土砂災害警戒区域からも外れた施設に絞り込んだ。

 村ホームページでは最大想定浸水区域図でわが家の危険性がピンポイントで分かるようにした。ただ、高台の平地は限られ、村幹部には「安全な場所の少なさが、人口流出につながらないか」と、詳細なデータ公開を不安視する声もあった。

 それでも公表したのは「命を守るため。自分が住む場所の災害リスクを知ってもらうのが大切だ」(中渡管理官)。村内で犠牲になった25人の命が、これからの避難の在り方を問い掛けている。(太路秀紀)

     ◇         ◇
 5年前の熊本地震が残した教訓は、昨年の豪雨災害でどう生かされ、さらなる課題を突き付けたのか。避難に焦点を当て、命を守る防災・減災を考える。

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