命のバトン受け取った 「親は私」揺るがぬ思い 積み重ねた時間、支えに【「家族」を超える 親と子の視点で①】
「ヒカリを産んでくれた人が、ここに来たんだ」
福岡県に住む50代のクミコさん(仮名)は約10年前、まだ幼かった長女ヒカリさん(仮名)を連れ、慈恵病院(熊本市)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を訪れた。特別養子縁組を結んだ長女が預けられた場所だ。
見学の最後、院内の小聖堂に案内された。生みの母が、当時の病院職員と話した部屋。ステンドグラスから柔らかい光が差し込む。クミコさんは、生みの母の気持ちに思いをはせた。
「産んでくれた人ができる、精いっぱいのことをしてくれた。私たちは命のバトンを受け取ったんだ」
「ゆりかごに預けて、逃げるように立ち去る人もいる。でもヒカリさん(仮名)の生みの母は、職員の呼びかけに応じて事情を話してくれた。精いっぱいの愛情で、預ける選択をしてくれた」
当時のことを覚えていた慈恵病院(熊本市)の職員は、「ゆりかご」を訪れた母のクミコさん(仮名)ら家族に、そう語った。
クミコさんはひたすら生みの母に思いをはせた。子どもを託すと決めるまでの葛藤。どんな気持ちで足を運んだのか。「よく連れてきてくれた。ゆりかごがあって、私たちはヒカリと縁ができたんだ」。いつか娘に話したいことができたと思った。ヒカリさんは今、中学生になった。
クミコさんと夫のテツヤさん(仮名)が、初めてヒカリさんに会ったのは、乳児院のベビー室だった。生後3カ月。「ちっちゃかったけど、抱っこすると重かった。命の重みですかね」と振り返る。
子どもができなかった夫婦は、長男と特別養子縁組を結んだ後、「きょうだいが欲しい」と地元の児童相談所(児相)に2人目の縁組を頼んでいた。待ちに待った連絡があったのは、長男が3歳になった頃だ。
児相からは「ゆりかご」に預けられた経緯や生みの母の事情を伝えられた。クミコさんは「ゆりかごについては特段何も思わず、ヒカリと縁ができたのが何よりうれしかった」という。
乳児院に2カ月通い、まずは里親委託が決定。約半年間で特別養子縁組が成立した。一緒にご飯を食べ、お風呂に入る。家族4人の生活が当たり前になった。
ヒカリさんは丈夫で、すくすく育った。縁組した頃のテツヤさんの日記には「相変わらずよく食べます」と記されている。
2人目の子育てで、肩の力も程よく抜くことができた。スーパーで買った総菜のジャガイモをつぶして離乳食にし、ヒカリさんが昼寝をしている横で平気で掃除機をかける。「発達障害のある長男に少し手を取られた分、ヒカリには本当に手をかけていない。かわいい癒やし系で、逆に助けてもらった」と笑う。
テツヤさんは、長女の「2分の1成人式」に合わせ、赤ちゃんの頃から10歳までのアルバムを作った。長男と父と、川の字になって眠る様子。父に背負われた登山。家族みんなで九州各地に出かけたキャンプ。毎年の誕生祝い。家族の歴史が丁寧に紡がれている。受け取ったヒカリさんは分厚いページを何度もめくった。
ヒカリさんには物心ついた頃から「生んでくれた人が別にいるんだよ」と伝えているが、ヒカリさん自身は生みの親の話をあまりしない。一方の長男は「一緒にごはんに行きたいなあ」などと、日常的に口にする。クミコさんたちに「本当の親じゃないくせに」と口答えすることもある。
しかし、クミコさんは「あなたたちの親は私だよ」と落ち着いている。「不思議なもので、一緒に生活していると徐々に、しっかりと『親だ』と言えるようになった。ヒカリはお兄ちゃんみたいなことを言わないけれど、例え何を言われても動じない自分がいる」。10年以上、積み重ねてきた家族の時間が、クミコさん夫婦を支えている。
◇ ◇
親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる「ゆりかご」は、「家族」の在り方を問い続ける。ゆりかごが縁になった親子、実親と離れ新たな居場所を見つけた若者-。血縁を超えたつながりを、それぞれの視点から考える。(「ゆりかご15年」取材班)
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