ハンセン病を「天刑病」 明治期の診断書、菊池恵楓園で見つかる

熊本日日新聞 | 2021年10月21日 07:30

「天刑病」と書かれた診断書(菊池恵楓園入所者自治会提供、写真は一部加工してあります)

 熊本県合志市にある国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園で、ある男性の病名を「天刑病[てんけいびょう]」と手書きした明治期の診断書が20日までに見つかった。天刑病は「天が与えた罰」を意味する言葉で、ハンセン病を巡る差別の歴史を検証する上で貴重な史料といえる。

 恵楓園と入所者自治会が20年ほど前に始めた園内に残る史料の調査で見つかった。天刑病とある診断書は1枚。1911(明治44)年に長崎県内の医師が、同じ地域に住んでいた1876年生まれの男性を診断した際に記した。

 症状は「全身漆瘡[しっそう]ノ如クニシテ(中略)両手指屈シテ伸ビズ」などと表記。経過は「全治覚束ナキモノトス」とした。当時の警察が男性を恵楓園の前身である九州療養所に入所させる際に使用したとされる。

 ハンセン病はかつて遺伝病と考えられ、「天刑病」のほかに「業病[ごうびょう]」とも呼ばれていた。しかし、日本ハンセン病学会員で皮膚科医の小野友道・熊本大名誉教授によると、当時の医学用語としては、現在は使われない「癩[らい]病」しかなかったという。小野氏は「ほかに病気の俗称を書いた診断書は見たことがない。医師の行為としては信じられない」と話す。

 自治会は26日、入所者の懲罰に使われた監禁室の内部や、子どもを連れて療養所に入所する女性の姿を撮った写真などを収録した写真集「史料で読み直す菊池恵楓園、ハンセン病問題の歴史」を刊行する。今回見つかった診断書は、この写真集に収めた。(深川杏樹)

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