【追想メモリアル】尽きぬ関心、研究多岐に 歴史学者、大阪大名誉教授・猪飼隆明さん 5月14日死去 80歳
![最後まで執筆を続けた大阪大名誉教授・猪飼隆明さん=2024年4月](/sites/default/files/styles/crop_default/public/2024-05/IP240528TAN000072000_01.jpg?itok=i6II695V)
横井小楠に西郷隆盛、熊本県内の自治体史-。歴史書が並ぶ〝本の林〟に置いたベッドの上で、静かに息を引き取った。好きだったモーツァルトの交響曲第40番、第1楽章がちょうど終わったときだったという。
京都大工学部合成化学科に入学。卒業研究を控えた4年の時、「反応の遅い有機化学の実験は、時間がかかって性に合わない」と、文学部3年に転籍。当初大正デモクラシーを研究しようと考えていたが、先輩から「研究の一番多いところに身を置いて、自分の研究を開発していくべきだ」との助言を受け、明治維新史を題材に据えた。
次男恒樹さん(40)は、一度だけ柔和な父親が激怒する姿を見た。十数年前、業績を重ねる父親に「自分史みたいなものを書いてみたら」と何げなく提案したときだった。「ふざけたことをぬかすな。わしにそんな暇はない」。研究と執筆に生涯をささげる歴史学者としての覚悟と情熱を証明するかのように、史料の分析を重ねてきた三池炭鉱に関する原稿を病室に持ち込み、亡くなる直前まで校正作業を続けていた。
友人や研究者と酒を酌み交わしながら語らうのが、何よりの楽しみだった。50年近く親交のあった医師の宇野昭彦さん(100)=熊本市=は「質問したら答えるが、知識をひけらかすことはしなかった」。酒が進むと、ドイツやロシアの歌や民謡をアカペラで歌い、京大合唱団で磨いた美声を響かせることもあった。
膵臓[すいぞう]がんと判明した2022年から執筆に取りかかり、今年3月に刊行した「維新変革の奇才 横井小楠」。小楠の思想の成長過程をたどる遺著には、数多くの漢詩や歌が取り上げられている。「小楠は自分の成長のプロセスを漢詩に描いていて、読んでいて面白くてね。自らの実感を『君らどう思う』って仲間に問うんだよ」。小楠の思想に迫ることができた喜びをかみしめるように、病床に押しかけた私に熱弁した。
遺著に、小楠が沼山津に移る前に友との離れがたい思いを詠んだ歌がある。
〈大空の霞遥[かすみはるか]に飛雁[とぶかり]のいかに心や残し置くらん〉
未完成の原稿と研究への情熱を後進に託し、旅立った猪飼さんの辞世の句のように思えた。(山本遼)
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