津波見えず、逃げ遅れ懸念も 巨大防潮堤 住民「ノー」 岩手県釜石市花露辺地区

熊本日日新聞 | 2021年03月10日 14:00

「あそこに高さ14・5メートルの防潮堤ができていたら海は見えなくなっていた」と話す花露辺地区の下村恵寿さん=2月24日、岩手県釜石市

 入江を囲む崖地に寄り添うようにして家々が並ぶ岩手県釜石市の花露辺[けろべ]地区。65世帯の9割が、代々続く漁を営んでいる。

 「巨大防潮堤ができていたら、漁場もこの景色も豊かなままでは済まなかった」。元漁師で東日本大震災当時の町内会長だった下村恵寿さん(71)が海を一望した。地区の住民らは議論を重ね、国が示した防潮堤に頼らない防災を選択した。大震災では、地区の68世帯(当時)中25世帯が津波で全半壊。歩行が困難だった70代女性1人が亡くなった。

 避難生活が続く中、国は高さ14・5メートルの防潮堤の建設計画を示した。もともと地区に防潮堤はなく、「命が守られるならば」といったんは合意。「津波への恐怖や将来の不安が強かった時期。じっくり考える余裕はなかった」と下村さんは当時の状況を説明する。

 だが、県や市の説明を聞く中で、下村さんらの懸念が膨らんだ。防潮堤の建設に取り掛かれば、少なくとも5年間は沿岸部で水産物の加工場を再建できないという。ウニやアワビの加工ができなければ、漁師の年収は3分の1に減る。防潮堤に遮られると津波が見えず、逃げ遅れの可能性も指摘された。

 下村さんらは、1軒1軒と膝を突き合わせて議論した。2011年12月に市へ提出した計画案は、防潮堤による復興計画に「ノー」を突き付けた。代わりに被災世帯を高台移転させ、道路をかさ上げし、避難訓練を徹底させるとした。「具体的な代案と覚悟を示した」(下村さん)という地区の計画案が市に認められ、大半の世帯が地区に残った。

 大震災の被災地で防潮堤を建設しなかったのは、沿岸6県の約620カ所のうち、花露辺地区と宮城県気仙沼市の舞根[もうね]地区の2カ所のみ。花露辺地区の意見がまとまった背景には、家族同様の船団で漁をしてきたことで強くなった絆があった。

 一方、昨年7月の豪雨で氾濫した球磨川の治水を巡っては、蒲島郁夫知事が昨年11月、自身が計画の白紙撤回を表明した川辺川ダムに代わる治水専用の流水型(穴あき)ダムの推進を表明した。

 巨大構造物による治水には反対の声もあるが、蒲島知事は「現在の民意は命と環境の両立」と強調。これに対し相良村のアユ漁師、田副雄一さん(50)は「暮らしや生業と密着した川と命をどう守るかという議論や討論を徹底しないと地域が壊れる」と訴える。

 海に接して暮らしていくことを選んだ花露辺地区の住民。下村さんは「構造物を造るか造らないか。結論は子孫の代まで影響を受ける。少しでも住民が納得できる議論を怠ってはいけない」と10年間を振り返った。(堀江利雅)
 
 ◇2011年の東日本大震災の発生から、11日で10年。津波で壊滅的な被害を受けた被災地は、防災を核とした新たなまちづくりを模索してきた。これまで東北の被災者たちが経験したことは、昨年7月の豪雨で被災した県南部の地域が今後直面する可能性もある。今、住民たちは何を思うのか。現地から伝える。【連載企画・2020熊本豪雨「川と共に」第10部「経験 大震災10年後の姿①」】
 
 ■東日本大震災後の防潮堤整備 
 被災地の防潮堤の8割が壊れ、国土交通省は青森県から千葉県まで沿岸6県の約620カ所に総延長400キロ以上の防潮堤の建設計画を打ち出した。総事業費1兆円以上。高い所で10メートルを超える防潮堤は、数十年~百数十年に1度の「L1(レベル1)」の津波を防ぐとした。東日本大震災クラスの千年に1度の「L2」は、避難などと組み合わせた「多重防御」で被害を減らすという。
 

 

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