妻の介護に疲れ「包丁向けた」 施設入所に安ど

熊本日日新聞 | 2020年11月9日 11:15

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認知症の妻恵美子さんを落ち着かせるため、一日中ドライブに連れ出していた緒方照光さん。介護に追われ、「あれ以上やっていたら参っていた」と話す=熊本市西区

 「毎日、毎日、下の世話。あのままだったら、俺が手に掛けていたかもしれない」。熊本市西区の緒方照光さん(74)は1人になってがらんとした自宅で、率直な思いを語った。認知症の妻恵美子さん(70)は8月下旬、施設に入所した。

 10年前に診断を受けた恵美子さん。症状は今年に入って進み、4月には要介護4に。おむつをしていても毎朝寝間着をぬらした。風呂で洗ってやる際もじっとせず、汚物で体を汚した。

 「認知症と分かっていても蹴たくってやりたくなった」。恵美子さんの背中に、包丁を向けたこともあった。

 ショートステイやデイサービスがない日曜日は恵美子さんが外に出たがるため、午前7時にドライブに出掛け、1時間ほどで帰って10分休むと、また出掛けるサイクルを夕方まで繰り返した。

 「もう少し頑張れたかなと思うこともあるけど、入所して本当にほっとした。介護に追い詰められ、完全に参るところだった」

 一方、熊本市中央区の男性(81)は認知症の妻(79)が嫌がったこともあり、デイサービスの利用には消極的だった。福祉につながったのは診断から3年後の昨年4月だ。

 男性は心臓にペースメーカーを入れ、健康に不安もある。それでも、「妻には迷惑をかけた。これ(介護)も仕事と思って、できる限りをしたい」と言う。

 家族の介護を担う3人に1人が男性となった。男性は介護も仕事と同じ感覚で完璧にこなそうとするが、思い通りにならずに行き詰まりがちだ。介護殺人や虐待の加害者の多くが男性というデータもある。

 2019年の国民生活基礎調査によると、60歳以上同士の介護は74・2%。高齢層の割合は上昇しており、老老介護社会が到来している。

 認知症の人と家族の会県支部の事務局次長福永千鶴子さん(67)は「男性は一人で背負い込みがちで、福祉サービスにつながりにくい。周囲の助けを上手に利用できず、共倒れになる懸念が付きまとう」と案じる。

 そんな中、緒方さんらがつながったのが、県と熊本市の委託で家族の会県支部が運営する「ケアメン(男性介護者)のつどい」。参加者には介護疲れから「妻の首を絞めようと思った」などと吐露する人もいた。つどいで思いを吐き出し、苦悩を共有することで日々を乗り越えていったという。福永さんは「このような場を知らない人と、どうつながるかが課題だ」と話す。

 10月14日、熊本市であったつどいの場で、緒方さんたちは近況を語り合った。内容は深刻だが表情は明るく、冗談が飛び交った。

 誰かが言った。「俺たちは下の世話の話をさかなに、ビールが飲める」。日常の苦労を少し横に置いて、ほっと息をついた。(福井一基)