障害者「就労の場」が危機 国の報酬引き下げ県内にも影響 8事業所が閉鎖、83人退職

熊本日日新聞 2024年10月6日 22:00
障害者らが働くカフェレストラン「みなみのかぜ」=9月、熊本市中央区
障害者らが働くカフェレストラン「みなみのかぜ」=9月、熊本市中央区

 障害者が働きながら技術や知識を身に付ける就労事業所について、国は4月から収支の悪い事業所への報酬を引き下げた。事業所の経営改善を促す目的とは裏腹に、障害者と雇用契約を結ぶ「就労継続支援A型事業所」の閉鎖が全国的に相次いでいる。熊本県内の事業所も苦しい運営事情を抱え、「福祉的な役割が軽視されている。働こうと頑張る人の居場所がなくなってしまう」と危ぶむ。

 県と熊本市によると、県内では報酬改定を前にした3月から9月までに8事業所が閉鎖され、少なくとも83人の利用者が退職を余儀なくされている。

 NPO法人福ねこ舎が熊本市中央区で運営するカフェレストラン「みなみのかぜ」では、ギョーザの製造部門と合わせ、約20人の障害者らが働く。従来は1人で1日4時間ずつ働いていたが、4月から徐々に減らし、現在は1日2時間になった。国の報酬改定で、利用者の賃金支払いが難しくなったからだ。

 A型事業所が国から受ける報酬は、利用者の就労状況や福祉支援の内容で決まる評価点に基づく。4月の改定で、事業収入が賃金支払い額を下回る〝赤字〟事業所への評価が厳しくなった。福ねこ舎の事業所は昨年度の105点から60点に急落し、年間報酬が1千万円以上減った。

 報酬改定には、障害者を集めるだけで十分な支援をせず、報酬や助成金で利益を上げる悪質な事業者を排除する目的もあるとされるが、収益につながらない「支援」に力を入れる事業者も影響を受けた。

 福ねこ舎の津留清美理事長(71)は「不正をしたわけでもないのに、なぜここまで厳しい評価なのか」と嘆く。新型コロナウイルス禍で客が減り、物価高で野菜などの原材料費も高騰している。黒字にするには利益を現在の3倍以上にする必要があるという。

 A型事業所は、食品製造や企業からの業務受託などの「生産活動」による収益から利用者の賃金を支払うことが原則だが、厚生労働省の資料によると、2022年3月末時点で56・5%が賃金支払い額を下回る事業収入となっている。

 津留理事長は「利用者の能力を伸ばしたり、一人一人違う障害に対応したりすることが福祉的労働のはずではないか。収益を優先すれば、障害が軽くて長時間働ける人だけを雇えばよいということになる」と疑問を投げかける。

 全国の共同作業所などでつくる「きょうされん」熊本支部は今年4~5月、県内34のA型事業所にアンケートを実施した。報酬改定によって、12事業所が減収を見込み、うち7事業所が閉鎖を検討していると答えた。「定員を3割以上減らした」「このままでは利用者の仕事場がなくなる」との声もあったという。

 福島貴志支部長(61)は「自立を強制せずに働ける環境を用意することが大事。『もっと働け』『もっと効率的に』では就労継続支援とはいえない」と指摘する。国による報酬の増額のほか、自治体や企業は就労事業所への業務委託を積極的に進めるよう訴える。

 熊本学園大の高林秀明教授(地域福祉論)は「就労支援に収益による競争原理を持ち込むと、もはや福祉政策とは言えない」と批判し、企業による障害者の法定雇用率の順守など「社会全体で障害者が働ける受け皿をつくるべきだ」と強調する。(丸山伸太郎)

 ◆生活が突然崩れた…当事者、家族に戸惑い

 「やりがいを感じて働いてきたのに、生活が突然崩れた」。国の報酬改定で働く機会を制限され、熊本県内の就労継続支援A型事業所に通う当事者や家族は戸惑いを隠せない。

 熊本市中央区のカフェレストラン「みなみのかぜ」で働き始めて5年目となる男性(37)は「勤務時間が急に半分になると聞いて、とても驚いた」と話す。これまで休憩を含めて午前9時から午後2時まで働き、レストランの開店準備や店頭販売を担当してきた。4月からは勤務時間は徐々に減り、今では1日2時間で給料も半分になった。

 男性は「常連もいて楽しみだった店頭販売ができなくなった。職員が何でも相談に乗ってくれるので、できるだけ長く働きたい」と訴える。

 軽度の知的障害と心臓病がある熊本市の男性(28)は、ギョーザの製造部門で9年前から働く。分量通りに正確に作ったり、時間内にギョーザを包めるようになるまで1年半ぐらいかかったが、丁寧に教えてもらったおかげで、今は他人に指導できるほどだ。苦手だった金銭の計算も徐々にできるようになった。

 しかし4月以降、生活は一変した。平日の午前9時から午後2時までの勤務で昼食を食べて帰宅する生活が、勤務時間が2時間になったためにコンビニなどでの外食が増えた。一緒に暮らす母親(60)は定着していた生活リズムが乱れていることを心配する。「今まで少しずつ努力していたのに、報酬の改定で崩れてしまった」とこぼす。

 国は一般企業への就労移行を強く促すが、男性は心臓病のため突然倒れることもあるという。母親は「自分で体調不良を自覚することも苦手。就労環境が整っている一般企業は少ない」と実情を打ち明ける。(丸山伸太郎)

 ◇就労継続支援A型事業所 障害者総合支援法で定める就労支援事業の一種。一般企業で働くのが難しい障害者らに、働きながら知識習得や技術訓練をする障害福祉サービスを提供する。事業所と障害者は雇用契約を結び、最低賃金など労働者としての権利が保障される。B型事業所では雇用契約を結ばない。

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