「浮いて待て」合言葉に命守る 力抜きあおむけで 水難事故に備え熊本市で講習会 熊日記者が参加
夏休み真っただ中、海や川は水遊びを楽しむ親子連れでにぎわっている。気をつけたいのが水の事故。熊本県内では7日、高校生が川で遊泳中に亡くなった。自分や子どもたちが溺れそうになった時、どうしたらいいのだろう。4日、熊本市南区の力合小プールであった保護者対象の「着衣泳」の講習会に参加し、「もしも」に備える対処法を学んだ。
着衣泳は、魚釣りやキャンプといった川遊びの際、足を滑らせるなどして水に入ってしまう場面を想定。講習会は力合小PTAが初めて実施し、保護者ら8人が参加した。着衣泳の指導と普及に取り組む一般社団法人水難学会(新潟県)指導員で、熊本市消防局職員の杉谷健さん(55)が講師を務めた。
水に流されそうになった時の合言葉は「浮いて待て」と杉谷さん。「水中では体力を消耗しないことが大切。力を抜いて両足を肩幅に開き、あおむけになって落ち着いて呼吸しましょう」。水着の上から長袖、長ズボンのジャージー姿、運動靴を履いたままで恐る恐るプールに入った。
2リットルの空ペットボトルを浮輪代わりにしたが、うまく浮かない。身長183センチ、体重90キロと大柄な体格は沈まないように意識すると力む。体勢が崩れ、何度も鼻から水を飲んだ。
〝危機〟を救ってくれたのは、補助員として参加した杉谷さんの同僚の吉村純平さん(32)だった。「ペットボトルはへその下あたりで持つと安定します。背中は丸めずに反らすイメージ。勇気を出して力を抜きしょう」。アドバイス通りに実践すると、体勢が安定し浮くことができた。
コツをつかんだ後、自力で4分間浮くテストに挑む。水に漂いながら青空を見上げると、頭がからっぽになった。しかし気分が良かったのは最初だけ。すぐに不安と孤独に襲われた。水中では周囲の音が遮断され、たった4分間が何十分にも感じた。遠くの方で終了の合図が聞こえると、心の底から救われた気がした。
テストでは運動靴の有用性に驚いた。水中で支えられているような感覚になるほど、両足を楽に浮かせることができた。最近の靴は軽量化が進み、水に浮きやすい素材が使われているという。はだしの方が溺れにくいと信じていた記者にとって、大きな発見だった。「水に入る時は絶対に靴を脱いだら駄目」。杉谷さんは特に強調した。
人間は浮袋代わりの肺を持つため、体全体の体積の2%程度は、自然に浮くことができるという。水中であおむけになることで、鼻と口にこの2%分を割り当て、救助を待つことが着衣泳の狙いだ。東日本大震災では津波に襲われた小学6年の女児が着衣泳で助かった事例もあった。命を守るための手段として、学校でも子どもたちへの指導が広がっている。
事故の際、通報を受けた救助隊が現場に到着するまでに、早くても10分程度かかる。杉谷さんは「1分でも長く浮いて待つことができれば命が助かる可能性が高まる。日ごろから練習しておくことが大事。ぜひ子どもたちにも伝えてほしい」と呼びかけた。
自分の命は自分で守る-。杉谷さんの言葉を胸に刻み、帰宅後、復習を兼ねて中1の長女に着衣泳の方法や運動靴の効果を教えた。(後藤幸樹)
●「ライフジャケットの着用を」 熊本市消防局職員
力合小であった着衣泳の講習では、熊本市消防局職員の杉谷健さん(55)が「人は一瞬で溺れる。絶対に目を離してはいけない」と強調。ライフジャケットの重要性と水の事故を防ぐ心構えを伝えた。
座学では、看護学校の学生が着衣泳の講習中に溺れる瞬間を映した動画を視聴した。学生は水に飛び込んだ瞬間、静かに水中に沈んだ。スタッフが助け出して無事だった。
杉谷さんは以前、家族で訪れたレジャー施設で幼い娘が溺れかけた経験を紹介。「娘から目を離したのは数秒。すぐ近くにいたが気づかなかった。人は息をしようとすると声が出せず、テレビドラマのように暴れることはない。親は絶対に子どもから目を離したらいけない」と注意を促した。
水の事故に関する警察庁の統計によると、2023年は1392件発生しており、死者・行方不明者は743人だった。そのうち魚釣りなど、着衣中に事故に遭ったとみられる事案は3割を占めた。杉谷さんは「ライフジャケットを着用していれば助かった可能性がある事案は多い。水に関わる場所では、レジャーを楽しむための道具として必ず着用してほしい」と呼びかけた。(後藤幸樹)
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