おぼろ迷宮(9)

熊本日日新聞 2023年3月7日 05:00
おぼろ迷宮(9)

 1 最初の事件(九)

 商店街の方へと向かった鳴滝は、その中ほどにある『プリムローズ』という洋菓子店に入った。店頭でケーキ類を売っているが、店内で食べることもできる。間口はこじんまりとしているが、中は明るく広々としていて気持ちのいい店だ。

 全国的に昔ながらの商店街は寂れていく傾向にあるが、この町の商店街は朗らかな活気があって、今でも栄えている方だろう。そのせいか、プリムローズもなかなかに繁盛している。

 窓際の席に陣取った鳴滝は、一瞬の迷いもなくオレンジケーキとマンデリンを注文した。

 オレンジケーキはこの店一番の人気商品である。さらには組み合わせのドリンクに、ケーキを賞味する際の定番とも言える紅茶ではなくコーヒー、それも苦みが強くコクのあるマンデリンを選ぼうとは。

 できる--

 見かけによらず老人は年季の入った甘党であろうと夏芽は見た。

 同じ注文では癪[しゃく]に障るので、負けず嫌いの夏芽はミルフィーユとダージリンを注文する。

 何を隠そう、夏芽は甘い物に目がないタチで、甘吟堂でバイトする気になったのもそれが大きく影響している。

 こちらの内心を見透かしてでもいるかのように、老人はうっすらと笑みを浮かべて切り出した。

 「では伺いましょうかな。まずは、そう、あなたと甘吟堂との関わりから」

 老人からの質問に答える形で、夏芽はバイトするに至った経緯を明かし、次いで甘吟堂に関して知っていることを語った。

 繁盛しているというほどでもないが、贔屓[ひいき]にしてくれる地元の固定客がおり、経営は安定している--泰次は腕のよい菓子職人でもあり、特につぶ餡には定評があった--時給は普通レベルだが、勤務時間の融通が利くので学業と並行して続けるには都合がよかった--等々。

 「なるほど」

 話している途中で注文のケーキとドリンクが運ばれてきた。

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