おぼろ迷宮(8)
1 最初の事件(八)
古めかしいYシャツにスラックス。鳴滝老人であった。ほんの少し躊躇[ちゅうちょ]してから、思い切って声をかける。
「こんにちは」
怪訝[けげん]そうに足を止めた老人は、眼鏡の縁に手を遣ってから、
「ああ、お隣のお嬢さんか」
ようやく気づいたようである。
「今日は久しぶりにいいお天気ですね」
すると老人は頭上を振り仰ぎ、
「なるほど。数日来の上天気だ」
「え、あたし、てっきりお天気がいいから散歩でもしてらっしゃるのかなと思ったんですけど」
「散歩中であるのは確かですが、天気にまでは留意しておりませんでした」
なんだか調子の合わない会話である。昨日のことをそれとなく尋ねるつもりが台無しだ。しかしこの機を逃すわけにはいかない。夏芽はいささか強引に切り出した。
「あの、昨夜はうるさくなかったですか」
「はあはあ、あの和菓子屋の話ですか」
直球で返された。やっぱり聞こえていたのだ。
「すみません、いつもうるさくて。今後は気をつけるようにしますから」
「いやいや、お気になさらず」
こっちが気になるんですよ、とは言えないもどかしさ。
「でも、ご迷惑をおかけして……」
「それより、確かに不可解な話でしたな。若いお嬢さんが恐くなって当然だ。よかったら私が調べてみましょう」
「……はい?」
調べてみましょう……って、どういうこと?
「だがそのためにはもう少し詳しく話を聞かせてもらわねば……お嬢さん、ついておいでなさい」
言うや否や、老人は先に立ってすたすたと歩き出した。こちらの都合など訊く素振りさえなかった。
「あっ、ちょっ……待って下さい、待ってったらっ」
予想外の成り行きに、夏芽は老人の後を追うよりなかった。
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