おぼろ迷宮(7)
1 最初の事件(七)
老人の、ことに男性の年齢は、夏芽にはなかなか見当がつかないのだが、見たところ七十は過ぎている。それでもその年代の男性にしては背が高く、背筋も比較的まっすぐに伸びていた。痩せ気味ではあるが不健康な感じはない。七三に分けた髪は上品な銀髪で、面長の顔に縁の太い昔風の眼鏡をかけている。愛煙家らしいところも昔の男性という感じがする。
年金暮らしであるのだろうか、何か仕事をしている様子もない。そうかと言って毎日何をしているのか、あるいはしていないのかも分からない。このアパートに来る以前はどこで何をしていたのかは、いよいよ以て知る由もない。
考えてみれば正体不明の人物なのである。今まであまり気にしたこともなかったのは、そうやってひっそりと暮らす独居老人が珍しくない世の中であるせいかもしれなかった。
しかし紬との通話を聞かれていたとなると俄然気になる。昔と違い、個人情報にはことのほか注意を必要とするのが当節だ。寝言やイビキさえ筒抜けのボロアパートからは、やはり早めに転居した方がいいと思った。
翌日は日曜だった。昨日までの梅雨空が嘘のように晴れ渡って、六月にしてはとても気持ちのよい気候と言えた。
朧荘から最寄りの商店街へ向かう途中に、『おぼろ池』というちょっとした池がある。さほど大きくはないのだが、散歩やジョギングにはもってこいの場所だった。平にして凡なるこの町では数少ない、開放的で心安まるスポットだ。少なくとも車道脇の歩道を使うより、池側に寄って遊歩道を行く方が風情はある。
溜まっていた洗濯や掃除等の家事を一通り終えた午後三時過ぎ、夏芽は買物にでも行こうと思い立ち、量販店で買ったデニムにカーディガンという、極めつきにどうでもいい恰好でアパートを出た。
気分のままにおぼろ池の遊歩道を歩いていると、向こうからやってくる人影が目に入った。
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