おぼろ迷宮(6)
1 最初の事件(六)
オカルトは信じないが、紬の恐い話にはついつい一緒になって興じてしまう。つまるところ、「恐い話が嫌いな女子などいない」と考えている。それが自己正当化のための方便であると分かってはいるのだが。
いいかげん話し疲れて電話を切る。ペットボトルもいつの間にか飲み干していて、汗をじっとりかいていた。
少し涼もうと思ってカーテンを開け、窓から身を乗り出して深呼吸する。
ふと横を見ると、闇の中に赤い小さな灯が点[とも]っていた。ゆらゆらと立ち上る白い煙も。
隣の角部屋に住む老人が、窓を開けて煙草を燻[くゆ]らせていたのだ。
こちらの視線に気づいたのか、老人は手にしていた灰皿に煙草を押し付け、そそくさと顔を引っ込めた。
突然のことだったので、挨拶する間もなかった。夏芽は慌てて窓を閉めた。
それでなくても壁の薄いアパートである。もしかしたら、スマホで紬に話していた内容を聞かれていたかもしれない。
そう考えると、ある意味ますます恐くなった。
一階に住む噂好きの婦人が半ば一方的に教えてくれたところによると、老人は夏芽が越してくるずっと前から住んでいるのだが、近所付き合いはしない主義らしい。親類縁者の有無をはじめとして、老人のプライベートな事柄について知っている者はいないという。
--なんて言うの、偏屈? 変人? とにかく変わった人なんだから。
婦人は二階の老人が「不審者の一歩手前」であるとでも示唆[しさ]したかったようだが、さすがにそこまでは言わなかった。
要するに、分かっているのは「鳴滝[なるたき]」という老人の名前だけなのだ。
引っ越しの当日に夏芽が粗品のタオルを持って挨拶に行くと、ドアから顔を出した鳴滝老人は、「あ、こりゃご丁寧に」とだけ言ってタオルを受け取り、すぐにドアを閉めてしまった。こちらと話をしたくないのかとも思ったが、飄々[ひょうひょう]また茫洋[ぼうよう]とした態度と表情のせいか、どういうわけかそう決めつけるのもためらわれて、夏芽は首を捻[ひね]ったものだ。
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