おぼろ迷宮(3)
1 最初の事件(三)
店を間違えたはずはない。
なのにあの店主と名乗った男は--それにバイトまでいるなんて--
もしかしたら、店主に何かあって悪い相手に店を乗っ取られたのかもしれない。そう考えるといよいよ恐くなって、夏芽は早々にベッドに潜り込んだ。本当は課題のレポートをやる予定だったのだが、気持ちがすっかり動転してもうそれどころではなかった。
翌日、大学の講義を終えた夏芽は、散々迷った末、甘吟堂へ行ってみることにした。本来ならば今日もバイトなのだ。
しかし昨日の出来事を思い出すと、不可解な恐ろしさの方が先に立った。また仮に昨日の男が反社とかの関係者だったとしたら、これは完全に警察案件だ。
同時に「あれはなんだったのか?」という好奇心もある。小心者である自分と、好奇心旺盛な自分とが胸の内でせめぎ合い、「とにかく行ってみよう」という結論で合意に至ったのである。
行く前に電話しようかとも考えたが、あの見知らぬ男が出るかもしれないと思うと、とてもそんな気にはなれなかった。
大学から店まではバスで一本だ。昨日の出来事はやっぱり夢だったのかも--バスに揺られつつそんなことを何度も思った。
甘吟堂の前に立つ。どこにも変わったところはない。慣れ親しんだいつもの平凡な店構えだ。おそるおそる引き戸を開ける。
厨房白衣を着た男がこちらに背中を向けてテーブルを拭いている。
もしかしてまたあの男かも--
そう思うとすぐには声をかけられなかった。
「あれ、夏芽ちゃん」盆を手に立ち上がった男が振り返ってこちらに気づき、「そんなところで何やってんの」
いつもの店主--雛本泰次であった。
「雛本さん、昨夜[ゆうべ]は一体……知らない人がここにいて、自分が店主だって……」
混乱のあまり、どうにもうまく説明できないのが我ながらもどかしい。
「何言ってんの。昨夜は私一人きりで大変だったんだから。休むんなら連絡くらいしてよ」
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