免田さんが問うたもの 改革途上の刑事司法制度
12月07日 09:31
死刑囚として国内で初めて再審無罪となった免田栄さんが95歳で亡くなった。免田さんは生涯にわたり、冤罪[えんざい]を生み出した社会の在り方を痛烈に批判した。だが、冤罪の防止や速やかな救済につながる刑事司法制度改革は今もって不十分で、さらに取り組みを進めなければならない。
1948年12月、人吉市で一家4人が殺傷される事件があり、翌年1月に強盗殺人容疑で免田さんが県警に逮捕された。犯行を自白したとして起訴された免田さんは、公判でアリバイを主張。認められずに死刑判決を言い渡され、52年に最高裁で確定した。
獄中から再審請求を重ねるも認められず、確定判決から27年を経た1979年、ようやく6度目の請求で再審開始となった。無罪となって釈放されたのは83年7月。逮捕から34年以上が過ぎていた。
再審開始を巡っては最高裁が75年の「白鳥決定」で、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則を再審制度にも適用することを明示した。新証拠だけでなく、過去の全証拠を合わせて、確定判決に合理的な疑いが生じれば再審を認めるという判断だ。
その後の80年代、免田事件を皮切りに、財田川、松山、島田の「死刑再審4事件」で、無罪判決が相次いだ。しかしその後、死刑事件での再審無罪は見られていない。三重県の「名張毒ぶどう酒事件」では、高裁がいったん再審開始を決定したが、取り消された。静岡県の「袴田事件」では、地裁の再審開始決定を高裁が取り消し、最高裁で係争中だ。
後絶たぬ再審無罪
暴力的な取り調べによる自白の強要と、アリバイの無視。免田さんは過酷な経験を著書や講演で訴え、刑事司法の実態を告発してきた。冤罪の囚人の命を奪いかねない死刑の廃止も主張した。
しかしその後も冤罪は後を絶たず、再審無罪の判決が繰り返されている。最近では、滋賀県で殺人罪に問われた元看護助手の西山美香さんが、再審無罪となった。県内でも宇城市松橋町の殺人事件で服役した宮田浩喜さんが、昨年3月に再審無罪となった。
逮捕後の取り調べについては、刑事訴訟法の改正により、可視化のため「録音・録画」が義務付けられた。しかし現在の対象は、裁判員裁判で審理される殺人などの重大事件と、検察が独自捜査する事件のみ。逮捕前の任意段階の聴取は含まれない。これでは不十分で、適用対象を広げる必要がある。取り調べへの弁護人の立ち会いも認めていくべきだろう。
救済の迅速化図れ
再審開始までのハードルも依然として高い。刑訴法は主要な開始要件を、無罪を言い渡すべき「明らかな証拠を新たに発見したとき」と定める。だが証拠のほとんどは検察の手中にあり、再審請求で、弁護人側が証拠リストを見られるような仕組みはない。それが再審に時間がかかる要因となっている。松橋事件でも無罪判決までに事件発生から34年、再審請求から7年かかった。証拠開示を含む再審のルールを整備し、救済の迅速化を図るべきだ。
先進国で死刑制度を存続しているのは日本と米国だけと言われるが、死刑の是非を巡る国民の議論も停滞している。
取り返しはつかぬ
松橋事件で長い時間を奪われた宮田さんは、今年10月死去した。再審で明らかにされなかった冤罪の原因や責任を追及しようと、国賠訴訟を起こしたばかりだった。本人は行方を見守ることができず、遺族が訴訟を引き継ぐ。免田さんも宮田さんも、無罪となっても世間から犯人視された。いったん冤罪を生み出せば、汚名を着せられた人たちの無念は晴れず、取り返しがつかない。そのことを肝に銘じておかなければならない。
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