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「永日小品」一番惹かれたのは最後の部分、おじさんが蛇を…<アイラヴ漱石先生朗読館=2023年1月29日放送>

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熊本日日新聞 2023年1月29日 00:00
「アイラヴ漱石先生 漱石探求ガイドブック」NPO法人くまもと漱石文化振興会、熊本大学文学部附属漱石・八雲教育研究センター編 集広舎1650円 191ページ
「アイラヴ漱石先生 漱石探求ガイドブック」NPO法人くまもと漱石文化振興会、熊本大学文学部附属漱石・八雲教育研究センター編 集広舎1650円 191ページ

おはようございます。本田みずえです。夏目漱石の作品について理解を深めたい、漱石について詳しく知りたい、そんな人たちに向けて書かれたガイドブック「アイラヴ漱石先生」が、令和4年4月に発刊されました。夏目漱石は、第五高等学校の英語教師として、生まれ故郷以外の土地では最も長い4年3カ月を熊本で過ごしました。この番組では、そんな漱石先生の文学の面白さを、熊本の高校生の皆さんと探究していきます。今日は、熊本高校1年生の池島康太さん、坂本惟大さんと、漱石の「永日小品」の魅力を探っていきましょう。解説は、元高校の国語の先生でした西口裕美子さんです。この番組は、NPO法人くまもと漱石文化振興会、熊本大学文学部附属漱石八雲教育研究センターの協力でお送りします。

<朗読>「永日小品」

「永日小品」より。「クレイグ先生」。

自分はその後暫(しばら)くして先生の所へ行かなくなった。行かなくなる少し前に、先生は日本の大学に西洋人の教授は要(い)らんかね。僕も若いと行くがなといって、何(なん)となく無情を感じたような顔をしていられた。先生の顔にセンチメントの出たのはこの時だけである。自分はまだ若いじゃありませんかといって慰めたら、いやいや何時どんな事があるかも知れない。もう五十六だからといって、妙に沈んでしまった。

日本へ帰って二年ほどしたら、新着の文芸雑誌にクレイグ氏が死んだという記事が出た。沙翁(さおう)の専門学者であるということが、二、三行書き加えてあっただけである。自分はその時雑誌を下へ置いて、あの字引きはついに完成されずに、反故(ほご)になってしまったのかと考えた。

<本田>朗読は池島康太さんでした。それでは今日は、熊本高校1年生の池島康太さん、坂本惟大さんと、漱石の「永日小品」の魅力を探っていきましょう。まず作品の解説を、元高校の国語の先生でした西口裕美子さんにお願いします。

<西口>「永日小品」は、明治41年の12月まで、漱石が「三四郎」を連載したその直後に書かれたものです。遡って同年7月25日から8月5日、「夢十夜」が朝日新聞に掲載されました。その好評を受けてか、その約5カ月後の1909年、明治42年1月1日から3月12日までに、25話の手のひらサイズの連作を大阪朝日新聞に載せました。うち14編が東京朝日新聞に載ります。3月25日付の日記の中に食欲皆無と記されていることからも、この「永日小品」を書いた頃の漱石は胃の病に悩まされていたようです。同年6月に「それから」の連載、翌明治43年の3月には「門」の連載が始まります。つまり、この「永日小品」が書かれたのは、いわゆる前期三部作創作の隙間であったのです。作品中の25話はそれぞれに独立しており、多様な内容です。そこには、新聞読者を飽きさせないようにという漱石のサービス精神、作家としての自負が感じられます。あえて部立てをするならば、漱石の日常生活を題材にとったもの、過去の回想を題材にしたもの、英国留学を題材にしたものの3つに大きく分けられます。その一つ一つに漱石の多彩な資質が凝縮されています。そしてその表現力に心から驚かずにはいられません。随想エッセイではありますが、それぞれが小説として成立しているともいえると思います。漱石の素顔が見える作品です。

<本田>では、ここからは3人で作品の魅力や感想についてお話ししていただきましょう。

<西口>池島くん、坂本くん、今日はよろしくお願いします。

<高校生>よろしくお願いします。

<西口>では早速ですが、2人はなぜこの「永日小品」を選んだんですか? 池島くんは?

<池島>はい。まず僕は「永日小品」っていうのをタイトルをあまり聞いたことなくて、そして内容は細かい物語が凝縮されている、その短編集とのことだったので、サクサクと読みやすいかなと思って「永日小品」を選びました。

<西口>そういう思いで選んで面白かった? 実際読んでみたら。

<池島>面白かったです。一つ一つの物語がちゃんと完結して、また別の物語になっていくので、すごい楽しめました。

<西口>じゃあ、坂本くんはどうですか?

<坂本>はい。「永日小品」っていうタイトルが可愛らしいというか、「小品」っていうところに小物屋さんみたいな、ちょっと不思議な感覚かもしれないんですけど、そういうワクワク感みたいなのがあって興味が湧いたっていうか。

<西口>感覚的に惹かれたということよね。「永日」っていうのはその日が長くなっていくっていうことで、1月1日から3月までずっと書かれるでしょ。その間の日が長くなっていく感じも出ているタイトルなのかもしれないですよね。では、その作品いっぱいあったけど、気に入ったものを2つ選んでくださいって言ったら、池島くんは?

<池島>僕は「蛇」と「声」っていう作品を選びました。

<西口>坂本くんはどうですか?

<坂本>僕は「猫の墓」と「懸物」を選びました。

<西口>じゃあ池島くんはこの「蛇」と「声」。なんか共通点があるかな? 

<池島>はい。どちらも少しちょっと怖いような物語で、最後が「蛇」の方はおじさんの声で覚えていろって言って終わって、「声」の方では50歳くらいのおばさんが主人公の豊三郎を見上げて終わるんですよ。それがすごいゾクッとして惹かれました。

<西口>坂本くんは全然違うよね。「猫の墓」と「懸物」っていうのは全く趣が違うけど。

<坂本>「蛇」とか「声」とかは読者になんか爪痕を残すみたいな、若干怖めのテイストだったんですけど、「猫の墓」と「懸物」は逆に静かな感じがしてて、「猫の墓」だったら猫が死ぬとかそういうのにフォーカスしてあって、「懸物」っていうのは老人がその懸け物に対する姿勢みたいなのをフォーカスしてていいなと思ったので、そこを選びました。

<西口>坂本くんは渋好みっていうか、渋いところを選んでくれたのがちょっと私の中では面白いんですけど。「猫の墓」の特にここが印象的とか、こういう描き方が気になるとかあります?

<坂本>そうですね。夏目漱石と言ったらやっぱり「吾輩は猫である」だから。その「吾輩は猫である」の方ではちょっとその猫は可哀想な死に方をしてたっていうか、それに対してこの「猫の墓」では静かな死を迎えてて、猫が死んだ後も何も変わらない日常っていうのが続いている。だけれども、すごい猫の死については家族全体でちゃんと向き合ってるっていうそういうところを見て、はっきりと愛しているとか、そういう感じではなかったんだけど、静かな愛みたいなのが滲み出てる感じがして、素敵だなと思いました。

<西口>わかる。だんだんとそれでも距離感が出るというか、外のお墓に備え物をしなくなって家に置くようになったっていうところまでの上手さよね。人間の心みたいなのがちゃんと描かれてるもんね。「懸物」は、池島くんは読んだ?

<池島>はい。

<西口>どうでした?

<池島>僕的には主人公の大刀老人が、なんでそこまで懸け物に肩入れしてるのかがそんなにわからなくて。もう一人の懸け物を売ろうとしてた人の方の気持ちにちょっと僕は賛成しちゃいますね。

<西口>坂本くん、そこじゃなくて、あなたが思っているところは違うのかな?

<坂本>懸け物を見ている時の老人の心境みたいなのが、僕的には気になるとしたら逆にそこかなと思ってて。

<西口>途中で自信を失うもんね。老人はものすごく代々で大事にしていたというのが安く値を付けられて。だけど最終的には良かったっていう。あの「良かった」は何で表現してあったっけ?

<坂本>鉄砲玉を子供たちにたくさん買うっていう。鉄砲玉を子供に買ってあげるくらい優しい姿もあったんですけど、懸け物の前だとすごく真剣になるから、それほどまでに懸け物に魅力があって。大刀老人は売った後もわざわざ好事家の元に行って懸け物を見に行ってるくらいだから、本当に心から懸け物を愛してるんだなみたいな、そういう観賞の仕方みたいなのがいいなと思いました。

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