「一夜」後ろから読むと人間関係がだんだん紐解ける感じ<アイラヴ漱石先生朗読館=2022年12月4日放送>
#読むラジオおはようございます。本田みずえです。夏目漱石の作品について理解を深めたい、漱石について詳しく知りたい、そんな人たちに向けて書かれたガイドブック、アイラヴ漱石先生が、今年4月に発刊されました。夏目漱石は、第五高等学校の英語教師として、生まれ故郷以外の土地では最も長い4年3カ月を熊本で過ごしました。この番組では、そんな漱石先生の文学の面白さを、熊本の高校生の皆さんと探究していきます。今日は、熊本高校2年生の、 城天力さん、尾崎鳳英さんと、漱石の短編小説、一夜の魅力を探っていきましょう。解説は、元高校の国語の先生でした、西口裕美子さんです。この番組は、NPO法人熊本漱石文化振興会、熊本大学文学部附属漱石八雲教育研究センターの協力でお送りします。
<朗読>「一夜」
「美くしき多くの人の、美くしき多くの夢を・・・・・・」と髯(ひげ)ある人が二たび三たび微吟して、あとは思案の体(てい)である。灯(ひ)に写る床柱(とこばしら)にもたれたる直(なお)き脊(せ)の、この時少しく前にかがんで、 両手に抱(いだ)く膝頭に険しき山が出来る。佳句を得て佳句を続(つ)ぎ能(あた)わざるを恨みてか、黒くゆるやかに引ける眉の下より安からぬ眼の色が光る。
夢の話しはつい中途で流れた。三人は思い思いに臥床(ふしど)に入(い)る。
八畳の座敷に髯のある人と、髯のない人と、涼しき眼の女が会して、 かくの如(ごと)く一夜(いちや)を過した。彼らの一夜を描(えが)いたのは彼らの生涯(しょうがい)を描いたのである。
<本田>それでは今日は、熊本高校2年生の城天力さん、尾崎鳳英さんと、 漱石の短編小説、一夜の魅力を探っていきましょう。まず作品の解説を、元高校の国語の先生でした 西口裕美子さんにお願いします。
<西口>イギリス留学から帰国した漱石が、気を晴らすためにと 勧められて書いた小説がご存知「吾輩は猫である」です。この作品を書いた1905年明治38年に、 漱石は次々と小さな作品を発表しています。前の年1904年2月8日に始まった日露戦争は、1905年9月5日に終わっています。その9月に、当時38歳だった漱石が、中央公論に載せるためにと書いた作品が、この一夜です。吾輩は猫であるは、髯の生えた苦沙弥先生を中心に繰り広げられる 夏目漱石周辺の現実世界を元にした物語ですが、この一夜という作品は、同じ髯の生えた人物を登場させながらも、 全く様子の違う世界、夢とも現ともつかない世界を描いています。一夜とはある夜。髯のある人と髯のない人、そして涼しき目の女。二人の男と一人の女のある夜の物語。とはいえ、物語としての展開はないのです。三人が会って過ごした一夜を、三人の会話で綴っていくという描き方。例えば、そこに登場する蜘蛛や蟻。この小さな生き物はとてもリアルに描くのに、時間や空間はぼやけていて幻想的。三人の不思議なバランス、その均衡がギリギリで崩れないのは、 三人が思い思いに発する、韻を踏んだような美しい言葉があるからかもしれません。吾輩は猫であるの中にも、この一夜について触れた箇所があるんですよ。漱石が一夜を描いた。読んでも朦朧としているので本人に問うてみたが、 本人もそんなことは知らないと答えた。この一夜は前衛的な演劇を見ているかのような、とにかく不思議な商品です。
<本田>ではここからは三人で作品の魅力や感想についてお話ししていただきましょう。
<西口>よろしくお願いします。
<高校生>よろしくお願いします。
<西口>この一夜という作品なんですが、皆さんが選ばなかったら、 私は読まなかったかもしれない作品なんですよ。なぜこの作品を選んだんですか?じゃあ、城くん。
<城>私がこの作品を選んだ理由というのは、今までいくつか、 例えば坊っちゃんのような夏目漱石の小説を読んできたんですけど、そういう小説ってどちらかというと私にとっては比較的読みやすい小説だったんですね。ただこの一夜という作品に限っては、どこかちょっと読みにくいような、 掴みどころのない作品だったので、逆にそういったところに興味を感じてこの作品を選びました。
<西口>じゃあね、どこが面白かった?尾崎さんはどうですか?
<尾崎>この作品、一見するとすごい掴みどころがない作品に見えるんですけど、読み方を変えて後ろから読んでみると、伏線の回収とか、 人間関係がだんだん紐解けるような感じになっていると感じたので、前から読んでいくと分からなかった情景描写の意味とかも連鎖的に読めてきて、 そこがすごい面白いなって思いました。
<西口>新しい読み方ですね。今度からやってみようというか、帰ったらやってみようと思っています。じゃあ、城君。
<城>面白いというか、心に残った文があって、この一夜という小説の最初の方に女の描写があるんですけれど、本文を読みますと、女の頬には、乳色の底から捕らえがたき笑みの渦が浮き上がって、瞼にはさっと薄き紅を解くっていう、 ここがですね、色の表現もすごいんですけど、瞼にはさっと薄き紅を解くっていう、自分、文章を書いていたりするんですけど、出ないんですよ、こういう表現ってのは。なので、漱石の繊細であり、美しさがより表れている文っていうのが面白いなって感じます。
<西口>そうね、書けませんよね。
<城>書けませんね。
<西口>でも、あと20年経ったら書けるんじゃないでしょうかね、城君。
<城>目標が高いですね。
<西口>この短編小説は、3人、男と男と女が出てきますよね。この3人の組み合わせについて、 何か思うところがありますか。城君。
<城>男2人、女1人っていう組み合わせっていうのは、女の存在を際立たせるためにあるんじゃないかな。っていうふうに思ってて、例えばですね、女に関して色の表現が多くて、 そういうところが美しさがより出てて、こういうのってのは、女が2人いるとどっちも見ちゃうので、 目立たないと思うんですよ。正直な話。男2人の中に女が1人いるからこそ、 女が目立つのであって、漱石が描きたかった理想の女性っていうのが 現れてるんじゃないかなっていうふうに自分は考えます。
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