「二百十日」やっぱり私は最後の一文。「二人の頭の上では…」<アイラヴ漱石先生朗読館=2022年11月13日放送>
#読むラジオおはようございます。本田みずえです。夏目漱石の作品について理解を深めたい、漱石について詳しく知りたい、そんな人たちに向けて書かれたガイドブック「アイラヴ漱石先生」が、今年4月に発刊されました。夏目漱石は、第五高等学校の英語教師として、生まれ故郷以外の土地では最も長い4年3カ月を熊本で過ごしました。この番組では、そんな漱石先生の文学の面白さを、熊本の高校生の皆さんと探究していきます。今日は、熊本学園大学附属高校3年生の佐々木美咲子さん、2年生の松本沙也さんと、漱石の中編小説「二百十日」の魅力を探っていきましょう。解説は、元高校の国語の先生でした西口裕美子さんです。この番組は、NPO法人くまもと漱石文化振興会、熊本大学文学部附属漱石八雲教育研究センターの協力でお送りします。
<朗読>「二百十日」
「ビールは御座りませんばってん、恵比寿(えびす)なら御座います」
「ハハハハ愈(いよいよ)妙になって来た。おい君ビールでない恵比寿があるって云うんだが、その恵比寿でも飲んで見るかね」
「うん、飲んでもいい。――その恵比寿はやっぱり罎(びん)に這入(はい)ってるんだろうね、姉さん」と圭さんはこの時漸(ようや)く下女に話しかけた。
「ねえ」と、下女は肥後(ひご)訛(なま)りの返事をする。
「じゃ、ともかくもその栓(せん)を抜いてね。罎ごと、ここへ持って御出(おいで)」
「ねえ」
下女は心得貌(こころえがお)に起(た)って行く。幅の狭い唐縮緬(とうちりめん)をちょっきり結びに御臀(おしり)の上へ乗せて、絣(かすり)の筒袖(つつそで)をつんつるてんに着ている。髪だけは一種異様の束髪(そくはつ)に、大分碌(ろく)さんと圭さんの胆(たん)を寒からしめた様だ。
<本田>朗読は佐々木美咲子さんでした。それでは今日は熊本学園大学附属高校3年生の佐々木美咲子さん、2年生の松本沙也さんと、漱石の中編小説「二百十日」の魅力を探っていきましょう。まず、作品の解説を元高校の国語の先生でした西口裕美子さんにお願いします。
<西口>二百十日は1906年、明治39年10月に雑誌「中央公論」に発表されました。中編とはいえ、4月に「坊っちゃん」、9月に「草枕」、そして10月にこの「二百十日」と、39歳の漱石は立て続けに作品を発表しています。「二百十日」とは立春から210日、8月31日から9月2日までの天候が荒れやすいと言われる日です。実際に漱石はこの作品を書いた7年前、32歳の時に草枕の旅と同じく同僚の山川信次郎と一緒に阿蘇中岳登山に挑戦しています。それが1899年の9月1日で、この日もちょうど210日にあたりました。この時に漱石は、「行けど萩 行けど薄(すすき)の原広し」と広大な阿蘇の秋を俳句に読んでいます。この作品はその時の体験をもとに書かれたものです。豆腐屋のせがれ圭さんと、やや豊かな家柄を感じさせる碌さん、二人の掛け合い漫才というか落語を聞いているような軽妙洒脱な会話で成り立つ作品です。東京からやってきたこの二人が熊本の阿蘇中岳の火口を見ようと山に登るもののちょうど折悪しく、210日の悪天候のために遭難しそうになるという話。とぼけた味わいの宿の女中さんとのユーモラスなやりとり、阿蘇の風景描写、ぼけとツッコミの二人の会話の中に痛烈な社会批判を混ぜながら阿蘇の噴火と当時の中、下層階級の若者の憤まんを描いています。漱石初の三人称の小説です。本編中のわびしく寒い感じはこの舞台の場所と季節によるだけでなく、その時代のせいだろうと私は考えます。
<本田>ではここからは3人で作品の魅力や感想についてお話しいただきましょう。
<西口>今日はよろしくお願いします。
<高校生>よろしくお願いします。
<西口>お二人は阿蘇の火口のところに行ったことがありますか?
<高校生>ないですね。
<高校生>私もないです。
<西口>ないですか。熊本だから全員が行くというわけでもないし、すぐ規制がかかりますもんね。
<高校生>そうですね。
<西口>漱石が120年くらい前に行ったという阿蘇の火口の様子を描いていますけれども、さてこの作品「二百十日」、面白かったですか? 3年生の佐々木さんからいきましょうか。
<佐々木>そうですね。最初は言葉遣いが少し難しかったりだとかで、ちょっと理解するのに時間がかかったりしたんですけれど、読んでいくうちにすごく阿蘇の自然の描写とかがすごく具体的に描かれていて、実際に行ったことがない私でも音が聞こえてきたり、目の前に景色が見えているような気持ちになったりして、そういった具体的な描写がすごく好きだなというふうに思いました。
<西口>佐々木さん、そこのところいいなと思って、私もそうだけど大きく頷いている松本さん。他にもいいところがありましたか?
<松本>熊本の言葉とか、昔の言葉でちょっと抵抗があったりしたんですけど、読み進めていくうちに、圭さんと碌さんが出会う、下女の半熟卵を出すところが、4個卵を出すところで半熟卵が欲しいと注文して、2個半熟卵、2個生卵。そういう発想があったかっていう驚きがすごくて面白かったですね。言葉遊びというか、そういう漱石先生のユーモアというか、そういうところも感じたかな。
<西口>あの田舎の女中さんの至って真面目なその応対が面白いんですよね。2人とも笑ってたらあれだけど、すごく真面目に対応してますもんね。あの女中さんはもう一つ面白いことを言ったでしょ。
<佐々木>ありましたね。
<西口>そこはどうですか、佐々木さん。
<佐々木>この作品が発表された当時が、エビスビールが発売された当初でしたかね。「ビールは御座りませんばってん、恵比寿なら御座います」っていう、トンチとは全然違うけど、またユーモアがあるその感じがすごく面白かったですね。
<西口>もう至る所に笑わせてくれるものが仕掛けてありましたよね。さて2人の圭さん、それから碌さんなんですけれども、この2人についてはどんなことを感じました? 松本さんから聞こうか。
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