ワインで地域づくり、熟成への道 山鹿市・菊鹿ワイナリー開業2年

熊本日日新聞 | 2021年02月03日 13:40

 1999年春、生産者3軒から始まった熊本県山鹿市菊鹿町のワイン用ブドウ栽培。関係者の努力が実を結び、2018年11月、同町相良に「菊鹿ワイナリー」が誕生した。多くの人々を引きつけ、ときに“神のしずく”とも称されるワインが地域にもたらしたものは-。(河内正一郎)

シャルドネ 世界から称賛 供給追い付かず、一時品薄に

 さわやかな秋晴れに恵まれた2020年11月8日。開業2周年を迎えた山鹿市の菊鹿ワイナリーは、県内各地や福岡県から訪れる観光客でにぎわっていた。

 醸造所に併設した熊本ワイン(熊本市北区)のショップには、限定販売の新酒がずらり。試飲コーナーやレストランだけではなく、市の観光施設「アイラリッジ」でもワインとピザが楽しめる。

 訪れるのは2度目という福岡県柳川市の主婦、前田栄子さん(59)は「ここの白ワインはさっぱりして飲みやすく、すっかりファンになりました」。自宅でゆっくり味わいたいと、同じ銘柄を3本買って帰りの車に乗り込んだ。

今夏のブドウで造った菊鹿ワイナリー限定販売の新酒「菊鹿シャルドネフレッシュ2020」を手に取る買い物客=2020年11月、山鹿市

 さかのぼること2年前。ワイナリーの開業式典には、県内の酒販売関係者のほか、機内サービスに採用する航空大手の関係者ら200人が詰め掛けた。

 参加した東京都の酒卸売会社の担当者は「各地にワイナリーが乱立する中、熊本ワインの技術は抜きんでている」と称賛。一同の期待を裏付けていたのは、看板商品「菊鹿シャルドネ」の数々のコンクール受賞歴だ。

 2009年、アジア圏最大規模の「ジャパン・ワイン・チャレンジ」で、未明に収穫したシャルドネ種で造るナイトハーベストが「最優秀新世界白ワイン」を獲得。20年3月には、フランスの国際コンクール「シャルドネ・デュ・モンド」のシルバーメダルに国内で唯一選ばれた。

 世界からお墨付きを得たことで、菊鹿シャルドネの人気は沸騰。熊本ワインの幸山賢一社長(46)は「ワインの出来の8割は原料のブドウで決まる。農家と二人三脚で、菊鹿のブドウを生かす努力を重ねてきた」と胸を張る。

 菊鹿ワイナリーの開業で、同社の醸造所・ワインショップは西里醸造所(熊本市北区)と合わせ2カ所になった。売上高や生産本数は非公表だが、菊鹿ワイナリー1年目のレジ通過客数は約3万5千人。新型コロナウイルスの影響を受けた2年目も約2万人を記録し、売り上げを押し上げた。

 ただ、人気に供給が追い付かず、菊鹿シャルドネが菊鹿ワイナリーで買えない時期もあった。来場者の期待に応えられなかった最大の理由は、ブドウ栽培面積の伸び悩みだ。

 熊本ワインの西村篤取締役製造部長(36)は、好調な業績とは裏腹に将来への危機感を強めている。「農家の高齢化が進んでおり、現状の面積をいかに維持するかが課題。増産はその後の話になる」

菊鹿ワイナリー 2018年11月、熊本ワインと山鹿市が同市菊鹿町相良に開業。熊本ワインが南側2.1ヘクタールに醸造所、ワインショップ、レストランとブドウ畑を整備。山鹿市が北側2.7ヘクタールに観光施設「アイラリッジ」などを整備した。

影落とす生産者の高齢化

 「1人じゃ手が回らんけん、ここの木は全部引き抜こうかと思っとります」

 10月中旬、山鹿市菊鹿町に広がるワイン用のブドウ畑。持ち主の徳丸絹代さん(72)は、収穫を終えた枝に手を伸ばし、悔しそうにつぶやいた。

 生産者31戸でつくる「菊鹿町葡萄[ぶどう]生産振興会」の一人。2010年、夫が脳出血で倒れ、17年に他界した。昨夏、自身も熱中症で倒れ、今夏は20アールのうち5アールの栽培を諦めた。「雨よけ施設が老朽化して直すには費用がかかる。子どもに継がせるわけにもいかない」。来夏は10アールまで減らすという。

 旧菊鹿町時代の1999年、当時の町長の肝いりで3軒から始まったワイン用ブドウ栽培。3年後に熊本ワインが最初のワインを発売し、生産者とタッグを組んで市場価値を高めてきた。

 年々需要が高まる中、同社は増産に向け、山鹿市に栽培面積拡大の協力を要請した。市は、ブドウ棚などの初期投資向けに期間限定で補助金を増額。2013年に4・5ヘクタールだった栽培面積は、15年に9・5ヘクタールまで増えた。

 ただ、その後は停滞し、10ヘクタール前後で推移。影を落とすのは、徳丸さんのような生産者の高齢化だ。市の18年の調査では、栽培農家の平均年齢は60・8歳で、6割が60代以上。7割に後継者がおらず、高齢農家ほど規模縮小を検討していた。

収穫を終えたシャルドネ種のブドウ畑を見回る徳丸絹代さん。左側は昨冬に木を引き抜いた畑=山鹿市

 後継者参入を促すための収益アップも長年の課題だ。生産者の多くは家族経営で、栽培面積は平均25アールほど。同振興会の菊川房継会長(66)は「山がちな地形で雨が多く、大規模化に適さない」。生食用と違い、ワイン用ブドウだけで生計を立てるのは難しく、会員の多くがクリなどと掛け持ちしている。

 こうした農家の現状について、熊本ワインの幸山賢一社長(46)は「ほかの産地より高単価で買い取っているが、まだまだわれわれの力不足」と唇をかむ。さらなる高齢化を見据え、市と連携してさまざまな対策を模索する。

 今夏、試験的に取り組んだのがブドウの評価基準の見直しだ。これまで糖度が高いほど高単価で買い取ってきたが、新たに畑の雑草や病気の有無などを複合的に評価。高品質なブドウ造りへの意欲を高める試みだ。

 菊川会長は「ふるさとの地名を名乗るワインが私たちのブドウから造られる。農家にとって何よりの誇り。契約栽培に甘えず、みんなで質を高めたい」と気を引き締める。

菊鹿町のワイン用ブドウ畑 八方ケ岳を望む標高200メートル前後の中山間地に広がる。昼夜の寒暖差が大きく、水はけの良い砂質の土壌が栽培に適している。栽培品種は白ワイン用のシャルドネが主。赤ワイン用のカベルネやメルローもある。

日本ワインブーム勝ち抜け! 少量で多銘柄、個性確立へ

 「ブドウをどれだけ新鮮な状態で持ち込めるかが勝負。収穫後、酸化しないうちに仕込めるようになる」

 菊鹿ワイナリーの開業を目前に控えた2018年11月5日。熊本ワインの幸山賢一社長は、ブドウ畑が目と鼻の先にある醸造施設のタンクの前で、報道陣に力説した。

 菊鹿産のブドウを使ったワイン「菊鹿シリーズ」は、菊鹿ワイナリーが開業するまで、約30キロ離れたフードパル熊本にある西里醸造所で造られてきた。

 コンクールで賞を重ねるにつれ「より良いワインにしたいという欲求が高まった」と幸山社長。ブドウ畑と隣り合った醸造所の新設は悲願だった。

醸造した赤ワインを木樽に詰め替える眞弓輝さん=山鹿市

 菊鹿醸造所の特徴は、2000リットルを中心に1000、500リットルと小型の醸造タンクを備えた点だ。8000リットルが中心の西里醸造所と違い、少量ずつ造り分けることができる。

 「品種や収穫された畑ごとに個性を持ったワイン造りが可能になった」と幸山社長。開業から2年が過ぎ、毎年秋に菊鹿ワイナリーで限定発売される新酒「菊鹿シャルドネフレッシュ」などが人気を集めるようになった。

 こうした少量多銘柄の生産体制は、過熱する日本ワインのブームを勝ち抜く上でも欠かせない戦略となっている。

 国税庁は18年10月、国産ブドウのみを原料に国内で醸造したワインを「日本ワイン」と表示する新たな基準を導入した。輸入果汁を使った商品と区別し、海外での認知度を高める狙いだ。

 国内ワイン市場における日本ワインの流通量は4・6%(18年度推計値)。生産量は増加傾向だが、その希少性から人気が高まり、国内のワイナリーは331カ所(19年3月末時点)まで増えた。その分、競争が激しくなる中、幸山社長は「生き残るためには、菊鹿の個性を確立しなければ」と意気込む。

 現在、菊鹿ワイナリーで醸造作業を担うのは、地元採用の若手2人だ。

 眞弓輝さん(24)は鹿本農高卒業後、15年に入社した。「高校生の時に菊鹿ワインが有名になって、すごいなと興味を持った。今は畑や年ごとに変わるブドウの特徴を把握して、どのように造るかを学んでいます」

 眞弓さんらの先生役で、幸山社長から醸造技術の手ほどきを受けた西村篤取締役製造部長(36)は「彼らには、私と同じようにワインの奥深さに“はまって”ほしい。菊鹿から世界に通用するワインを造りたい」と夢を描く。

熊本ワイン 1998年10月、熊本市北区和泉町のフードパル熊本内で設立。山鹿市菊鹿町のブドウが原料の看板商品「菊鹿シャルドネ」のほか、玉名市や宇城市などのブドウを使った日本ワインの製造販売に力を入れている。従業員数21人。

近くに高級路線の観光物産施設  6次産業化、試行錯誤

 2018年11月、熊本ワインと山鹿市が開業した菊鹿ワイナリー。このうち南側の1棟が熊本ワインの醸造施設とワインショップ、レストラン。すぐ北側に位置する2棟が、市の「アイラリッジ」だ。

 7億3200万円かけて整備された「6次化・観光推進施設」のアイラリッジは、熊本ワインの関連会社が指定管理者として運営。地元の農産物を加工し、付加価値を付けて販売する6次産業化の“実践の場”だ。

 平屋の建物は側面がガラス張りで、周囲の山並みを見渡せる。西日本一の生産量を誇る特産のクリのジェラートや緑茶、発酵食品など逸品がそろう。

パッケージのデザインを統一するなど、高級感が演出されている「アイラリッジ」の商品=山鹿市

 看板商品の焼き菓子「チェスナッツタルト」は、東京の菓子原料製造会社が菊鹿工場で作ったクリペーストを使用。3個810円と高価だが、東京の一流ホテルや京都の和菓子店が買い付けに来る、地元では出回らない高級食材の使用がアピールポイントだ。

 こうした商品約230品の一部は、市が事業者と意見交換しながら開発した。担当した市農業振興課の伊織充専門員(48)は「ワインを好む客層に合わせ、良い物を高く売る戦略にした。市内に複数ある物産館との競合を避ける意味もある」と打ち明ける。

 開業から最初の1年間は2万8773人が訪れ、売り上げは3463万円に上った。しかし、2年目の業績は好調なワインショップを尻目に下降。新型コロナウイルスの影響もあり、半分以下まで落ち込む見込みだ。

 市は「商品の良さを伝える情報発信が不足し、季節限定商品などリピーターを飽きさせない工夫も足りなかった」と分析する。

 アイラリッジの商品開発に関しては、地元事業者の力も試されている。市内の加工食品産業は米や麦の醸造業がメイン。特産のスイカやメロンは生食用がほとんどで加工品開発は盛んではないため、店頭に並ぶ商品は限られる。

 山鹿商工会議所の宮田正高会頭(61)は「中途半端に高いだけでは都会の消費者を引きつけられない。高級路線にこだわらず、昔からある和菓子など山鹿らしい既存商品をもっと増やしてはどうか」と指摘。一方、市民からは「道の駅のように野菜や果物も取り扱ってほしい」といった声も聞かれる。

 これに対し、市は「挑戦を続けなければ稼ぐ力が養われない」として、現在の路線を続ける構え。観光産業を取り巻く環境がコロナ禍で激変する中、6次産業化実現の真価が問われている。

6次産業化 農業など1次産業の従事者が、2次産業の加工製造、3次産業の小売業まで手掛け、所得向上や雇用確保を目指す取り組み。国が2011年に関連法を施行。国交付金や官民ファンドを通した出資などで後押ししている。

集客効果、市全域へ 雇用、移住促進に期待

 10月最後の土曜日、お昼時の菊鹿ワイナリー。約14キロ離れた山鹿市中心部のさくら湯前から1台のバスがやってきた。9月下旬から11月上旬まで土日祝日に運行した期間限定の無料シャトルバスだ。

 ワイナリーの周辺には公共交通機関がないため、現在はマイカーでの来場者がほとんど。旅館や観光スポットが集まる市中心部からのアクセス向上は、喫緊の課題だ。

 シャトルバスは地元事業者と熊本ワインが共同で運行。経費には市からの補助金を充てた。来年度の定期便化に向けた試験運行の位置付けだ。熊本市からバスを乗り継いで来た会社員奥村尚子さん(39)は「気兼ねなく飲めますね」と笑顔でグラスを傾けた。

 こうしたバスへの補助金や、国が掲げる“地方創生”の交付金1億2700万円を投入した「アイラリッジ」など、山鹿市がワイナリーに力を入れるのには理由がある。ワイン目当ての観光客に市全域を巡ってもらい、経済を活性化するためだ。観光地としての魅力が高まることで、雇用創出や移住促進につながることも期待する。

 その“ワイナリー効果”もあり、19年の観光客数は415万3千人、宿泊者数は32万2521人を記録。目標の500万人、50万人には届かなかったが増加傾向で推移した。

 「観光客数は合併後、過去最高の数字だった。方向性は間違っていない」と中嶋憲正市長。新型コロナウイルスが猛威を振るう逆境下でも、政策の継続を主張する。

 農家と熊本ワイン、山鹿市がタッグを組み、地方創生を目指す菊鹿ワイナリー。その取り組みに共感し、既に移住を実践した人もいる。

 菊鹿ワイナリー内でレストランを営むオーナーシェフの長谷川仁さん(45)は、元々熊本市でワインバーを経営。その傍ら醸造技術を学び、ワイナリーのオープンを機に家族で山鹿市に移った。

長谷川仁さんが山鹿市中心部に開店した飲食店。菊鹿シャルドネなどを取りそろえる=同市

 「将来は故郷の河内町(熊本市西区)にワイナリーを開き、耕作放棄地をよみがえらせたい」。同じ中山間地にある菊鹿ワイナリーは「自身の夢を先取りしている」と考えた。

 9月下旬には、山鹿市中心部に炭火焼きの飲食店も開業した。ワイナリーのレストランと合わせ、観光振興の一翼を担う。

 「ワイン産業は農業から醸造、飲食、観光まで裾野が広い。海外では古くからワインツーリズムが確立されている」。良いブドウが良いワインを生み、やがて地域をよみがえらせる-。長谷川さんは“神のしずく”がもたらす可能性を信じている。

※この記事は、2020年11月、熊本日日新聞に掲載した連載「神のしずく目指して 菊鹿ワイナリー開業2年」全5回をまとめました。情報は掲載時点です。

記事アクセスランキング

  1. ${ranking.title}

※アクセス数(24時間以内)を元に集計

フォローする

  • facebook
  • twitter
  • LINE
  • youtube
  • note