まぼろしのニホンカモシカ　環境変化？外輪山でも目撃　＜ASO生きものがたり＞

　岩（いわ）の間（あいだ）から湧（わ）き出（で）た水（みず）が岩清水（いわしみず）となり、心地（ここち）よい音（おと）を立（た）てながら渓流（けいりゅう）へと流（なが）れます。潤（うるお）いに満（み）ちた雄大（ゆうだい）な阿蘇（あそ）の大地（だいち）は、肌（はだ）をすべる風（かぜ）が心地（ここち）よい季節（きせつ）となりました。ミチノクフクジュソウが、多（おお）くの恵（めぐ）みをもらって草原（そうげん）せましと黄色（きいろ）い絨毯（じゅうたん）をつくります。目（め）にもまぶしい花々（はなばな）が、太陽（たいよう）に向（む）かって呼（よ）びかけるように花開（はなひら）き、両手（りょうて）をいっぱいに開（ひら）いた姿（すがた）に躍動感（やくどうかん）すら覚（おぼ）えます。陽光（ようこう）に包（つつ）まれて私（わたし）は、夢（ゆめ）をふくらませたいという思（おも）いに誘（さそ）われ幸（しあわ）せな気分（きぶん）になりました。

　水辺（みずべ）では気品（きひん）あふれるセグロセキレイが、かん高（たか）くて複雑（ふくざつ）な声（こえ）でさえずります。恋（こい）の季節（きせつ）に入（はい）った春（はる）を楽（たの）しみ始（はじ）めたようです。背中（せなか）から目（め）の下（した）までが真（ま）っ黒（くろ）のセキレイでスタイリッシュな身（み）のこなしをします。浅瀬（あさせ）に入（はい）って水生昆虫（すいせいこんちゅう）や飛（と）び交（か）う小（ちい）さな虫（むし）を食（た）べますが、彼（かれ）らは日本（にほん）だけに生息（せいそく）する日本固有種（にほんこゆうしゅ）の貴重（きちょう）な野鳥（やちょう）です。

　林（はやし）からは「キョッ、キョッ、ケケケケケ」と谷（たに）じゅうに響（ひび）き渡（わた）る鳴（な）き声（こえ）が聞（き）こえてきました。やはり日本固有種（にほんこゆうしゅ）のアオゲラです。ハトくらいの大（おお）きさで緑色（みどりいろ）をしたキツツキですが、里山（さとやま）の環境（かんきょう）が彼（かれ）らの生活（せいかつ）を支（ささ）えます。日本固有種（にほんこゆうしゅ）の野鳥（やちょう）は10種（しゅ）ほどですので、彼（かれ）らとの出会（であ）いはとても貴重（きちょう）で誇（ほこ）らしいことです。

　ところで皆（みな）さんはニホンカモシカを知（し）っていますか。名前（なまえ）はシカですが、実（じつ）は角（つの）も小（ちい）さくてシカというよりは、ウシやヤギの仲間（なかま）になります。私（わたし）が初（はじ）めて出会（であ）ったときは、黒（くろ）いヤギだと思（おも）いました。昔（むかし）は大分県（おおいたけん）と宮崎県（みやざきけん）との境（さかい）にある祖母山付近（そぼさんふきん）でしか見（み）られない、まぼろしの動物（どうぶつ）でした。ところが近（ちか）ごろは高森町（たかもりまち）の山間部（さんかんぶ）や外輪山（がいりんざん）にも姿（すがた）を現（あらわ）すようになってきました。山（やま）ではシカが増（ふ）えすぎて問題（もんだい）になっていますが、シカと同（おな）じような食性（しょくせい）のカモシカたちは、今（いま）まですんでいた奥山（おくやま）にもシカが増（ふ）えて食（た）べる物（もの）がなくなり、困（こま）って移動（いどう）しているのではないかと心配（しんぱい）します。

　生物（せいぶつ）は環境（かんきょう）の変化（へんか）に応（おう）じて生（い）きていきます。野鳥（やちょう）でも皆（みな）さんがよく見（み）るアオサギがそのようです。40年（ねん）ほど前（まえ）までは冬鳥（ふゆどり）として少数（しょうすう）を見（み）かけたのですが、なぜだか20年（ねん）ほど前（まえ）から一年中生息（いちねんじゅうせいそく）するようになりました。体（からだ）が大（おお）きいので飛（と）ぶとツルに間違（まちが）えられることもあります。サギは首（くび）をZ字型（じがた）に縮（ちぢ）めて飛（と）び、ツルは伸（の）ばしたまま飛（と）ぶ違（ちが）いが見分（みわ）けるポイントになります。また、阿蘇（あそ）には50年（ねん）ほど前（まえ）までは、冬（ふゆ）にマナヅルがやってきていました。残念（ざんねん）なことに近（ちか）ごろは記録（きろく）がありません。いろいろな環境（かんきょう）が変化（へんか）したのでしょうが、私（わたし）は世界（せかい）に誇（ほこ）る阿蘇五岳（あそごがく）をバックにツルが飛（と）ぶ日（ひ）を夢見（ゆめみ）ています。（日本野鳥（にほんやちょう）の会県支部長（かいけんしぶちょう）・田中忠（たなかただし））＝終わり