9月16日付

9月16日 07:32

 鳥類学者の川上和人さんに、鳥の名前についてのエッセーがある。山にすむからヤマドリ、カッコウと鳴くからカッコウ。そして最も多いのが、オオルリやクロツグミといった形態に由来する命名だという▼名前の獲得は対象を認識する上で極めて重要なプロセス、と川上さん。命名により対象は周囲から切り離され、認識可能な個別の事象となる、と。名前を付けることで、その鳥が別の鳥とは違う存在として浮かび上がる、ということだろう▼それは鳥に限った話ではない。人間の名前も一人一人の存在を浮かび上がらせ、光を当てる。そして、名前は思わぬ力も持っているようだ。先日、テニスの全米オープン女子シングルスで頂点に立った大坂なおみ選手を見ていてそう思った▼黒地に白い文字で名前を記したマスクを1回戦から着用。自宅に踏み込んだ警官に射殺された女性、自警団に射殺された高校生、警官に首を押さえ付けられ死亡した男性…。いずれも日常生活の中で理不尽に命を奪われた黒人の名前である▼「伝えたかったのは、みんなが議論し、考えてほしいということ」。大坂選手はそう語る。それぞれの名前にそれぞれの人生があり、家族があり、喜びや悩みがあった。そんな当たり前のことに気付いてほしい-そう言いたいのではないか▼決して「人種差別反対」と声高に訴えるわけではない。だが、マスクに記された名前は、米国社会だけでなく私たち全員に向かって静かに問い掛ける。一人一人が大切にされていますか、と。