4月17日付

4月17日 09:04

 「熊本地震」と書かれた記事が小社の紙面に何本載ったろう。データベースで検索してみると、2万5千本を超えていた。この2年間が地震で明け暮れたことを記事の数が証明している▼ただよく見ると、この名称が最初に使われた記事は1994年1月とある。米ロサンゼルスを襲った地震を受け、都市直下型地震の警鐘を鳴らす社説だった。明治22年に起きた熊本地震の教訓を生かせと呼び掛けていた▼127年前に同じような地震を体験していたのに、私たちはすっかり忘れていた。熊本では地震は起きないという安全神話を疑わなかった。しかし、過去の記事を読み返すと、幾度となく危険性を指摘する専門家や教訓を忘れるなと書いた先輩記者がいたのである▼阪神淡路大震災から23年間につくられた震災モニュメントは280を超えたという。慰霊碑や記念碑が多いのだが、その全てに亡き人の記憶や貴重な震災情報、未来へのメッセージが凝縮されている▼被災者責任という言葉を聞いたのは同震災から何年目だったろうか。体験や教訓を忘れられない形で残していく責任。区画整理で美しい街となり、新しい家ができ、道路や橋が立派に復元されても、そこに伝えられる情報がなかったとしたらどうだろう▼熊本地震は熊本人の一つの時間の起点になった。まだ二つ指を折ったばかりだが、少しずつ考えていきたい。百年後の人たちと記憶を分かち合える有効な方法とは何なのか。その動きを伝える記事がこれから紙面で増えてくるといい。