生みの母の存在、大切に【「家族」を超える 親と子の視点で②】
「お母さん、なんでこれとっとっと?」「かわいいやん。ヒカリ(仮名)が子どもを産んだら、着せたら」
福岡県に住む50代のクミコさん(仮名)と、特別養子縁組で家族になった長女ヒカリさんは、衣替えの時に毎回眺めるベビー服がある。ヒカリさんが慈恵病院(熊本市)の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に預けられた際、身に着けていたものだ。
中学生になったヒカリさんは、小さな服の袖に無理やり腕を通そうとしてはしゃぐ。「ちっちゃいね」「かわいいね」。話す内容は毎回同じだが、母子の大切な恒例行事になった。
家族はまだ、「ゆりかご」の事実をヒカリさんに伝えていない。「私たちが最初に会った時に着ていた服」と話してある。「ゆりかご」は長女の大切なルーツの一つだと捉えているが、多感な時期を迎え、今は告げる時ではない-。クミコさんと夫テツヤさん(仮名)はそう考えている。
いずれ伝えたい事はたくさんある。生みの母が精いっぱい悩んで病院に託したことや、その様子。当時を知る病院職員は、クミコさん夫婦に「その命を一生懸命育ててください」と語ったという。
名前の由来もその一つだ。生みの母と、産後の様子を見に訪れたケースワーカーが一緒に眺めた美しい光景が、名前に込められた。特別養子縁組をする際、子どもの名前を変える選択もできるが、夫婦は「産んでくれた人を大事にしたい。名前も長女の大事な財産」と変えなかった。
ヒカリさんが外見を気にする年頃になり、日々の会話で何げなく「生みの母の存在」を意識する機会も増えた。「なんでこんなに髪が多いんだろう」「きゃしゃな体形だったらな」とぼやく長女に、クミコさんは「産んでくれた人のDNAだからね。すごく良いところを受け継いだと思うよ」と応じる。ヒカリさんは「えーっ」と不満げだが、嫌がる様子はないという。
幼い頃からヒカリさんは自分の気持ちをあまり表に出さず、内に秘めるタイプだ。生みの母について尋ねることはほとんどない。思ったことをずばずば口に出し、時折「本当のお母さんの方がよかった」と言う長男とは正反対だ。クミコさんたちは「何も言わない分、いろいろ考えてため込んでいるのかな」とおもんぱかる。
そんなヒカリさんに少しずつ変化が見られるようになった。幼い頃は両親と血のつながりがないことを同級生に知られるのを嫌がったが、今は里親家庭が集うキャンプに友人を誘うことも。
つい最近、福岡県内の里親の取り組みを紹介するテレビ番組に知り合いが出ると聞き、家族で見た。ヒカリさんは「私、これやってみたい。理解してくれる人と将来結婚する」と語った。あまり自分の意見を口に出さないヒカリさんの思いがけない言葉。テツヤさんは「私たちの背中を見ていてくれている」と、喜びをかみしめる。(「ゆりかご15年」取材班)
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