支援必要な母子 いる限り<ゆりかご15年>連載 第6部⑧
5年ほど前、ドイツ中部・バートホンブルクの病院「ホッチハウス・クリニケン」にあるベビークラッペ(赤ちゃんポスト)に、バスタオルにくるまれた女の子が預けられた。へその緒は、母親とみられる髪の毛が付いたままのヘアバンドで結ばれていた。
焦げ茶色のふさふさした髪に、しっかりした眉毛。駆けつけた助産師長のカティアさんはルイーザと名付けた。家族に迎えた養父母が2年前、インターネットでカティアさんを探し当て、交流が始まった。ルイーザという名前は、セカンドネームとして使われていた。
「しっかり根を張って生きてほしい。その根は養父母と、勇気を持ってクラッペに連れて来た生みの親が与えてくれた」。カティアさんはルイーザに改めてメッセージを送った。
預けられる赤ちゃんの人生は「空っぽの状態から始まる。難しいスタートだ」とカティアさんは語る。だからこそ病院では、赤ちゃん自身に「自分は大切な存在」だと知ってもらい、生きていく土台を築くために、最初のメッセージとして名前を贈るという。
「捨て子を推奨する格好となっているクラッペは反対意見もあり、ドイツでも議論の対象だ」と同病院のゲッチ医師は認める。それでも、赤ちゃんの遺棄事件を防ぐ歯止めになっており、「社会のメリットだ」と言い切る。
2000年に初めてクラッペを設置したハンブルクの団体「シュテルニパーク」は20年、節目に合わせて公式見解を出した。子どもの出自を知る権利と母親が求める匿名性という、「相いれない、矛盾した問題から、法的に認められた内密出産という(新たな)可能性が生まれた。これも一つの成果だ」。
これまでドイツ全土のクラッペに預けられた赤ちゃんは400人以上。チーム長のゲルトナーさんは「赤ちゃんを手放さなければならなかった母親が落ち着いて、連絡を取ってくれて支援につながることが大切」と力を込める。団体には22年間で57人が預けられ、3分の2の母親が連絡してきたという。
内密出産と異なり、法的根拠がないクラッペだが、「一人でも必要としている女性がいる限りやめるつもりはない」と、ゲルトナーさんは断言する。「もっと大切なことは、(クラッペがある施設には)はるかに多くの女性が頼りにする相談電話があること。追い詰められた妊婦に寄り添うことが必要なのです」。預け入れられた人数より、相談に結びつくことの重要性を説く。
母親が求める匿名性と子どもの「出自を知る権利」という矛盾を乗り越え、家族などを頼れない母と生まれた子をどう支えるか。赤ちゃんポストや匿名出産に取り組むドイツやフランスでは、今も模索が続く。(この連載は林田賢一郎が担当しました)=第6部終わり
※第7部は「家族」について考えます。
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