揺れる気持ち、一緒に考える <ゆりかご15年>連載 第5部「知られず産みたい 『内密』の波紋」③
病院の一部の関係者だけに身元を明かして出産する「内密出産」。国が9月末に示したガイドライン(指針)では、身元を明かして出産するための支援について、説明や説得を医療機関に委ねた。内密出産に国内で唯一取り組む慈恵病院(熊本市西区)では、どのように対応しているのか。
昨年11月、匿名での出産を強く希望した女性がその後、身元を明かし、自分で育てることを選択したケースがあった。「誰にも知られずに出産したい」。病院に届いたのは県外に住む未成年からのメール。女性は家族に妊娠を知られることを恐れていた。来院時にはすでに臨月で、院内の保護室「エンゼルルーム」で、仮名のまま過ごした。
蓮田健院長は「赤ちゃんを抱くと心変わりする母親も多い。匿名を求める女性にも、丁寧に説明を尽くせば、身元を明かしてくれる場合が多い」と話す。しかし、来院して2週間がたっても女性が応じる気配はなかった。表情も乏しく、「追い詰めると(赤ちゃんの遺棄・殺人などの)事件になる」。翻意を促すものの、強制はできないと感じたという。
当初、女性は「自分では育てられない」と繰り返したが、病院とやりとりするうちに、少しずつ変化もみられた。一部の職員に本名を明かし、「今は育てられないが、2年待ってほしい。家族にも言う」と話すことも。ただ、家族に事実を告げることはできないまま、出産の日を迎えた。
女性の気持ちが大きく変わったのは、病院で1カ月近くを過ごした退院前、最後の診察の日だ。蓮田院長は自分が預かる2歳の里子と女性を引き合わせた。「この子は私たちのことをパパ、ママと呼ぶ。それは産んだお母さんからすると、さみしいと思いますよ」。女性は出産を家族に話すことに同意し、子どもを引き取ることを決めた。現在は家族と一緒に子育てをしているという。
蓮田真琴新生児相談室長は「一緒に考えることはするが“説得”はしない。病院にいる間に気持ちを表すことができるよう促す」と話す。「実母も赤ちゃんも、同じくらい大事に考えている。この選択で間違っていなかった、と思ってもらうように接していく」
慈恵病院が内密出産を希望する妊婦と最初に接触するのは、メールや電話での相談だ。内密や匿名での出産を望む女性の中にも、相談員とやりとりを続けるうちに名前を明かしたり、地元での出産に切り替えたりするケースもある。
ただ、全てのケースで時間をかけ、説明を尽くせるわけではない。これまで内密出産した女性の中には、来院直後に出産し、その日のうちに病院を去った母親もいた。
出産間際の状況で来院した女性に、生まれた子どもをどうするかなど、話し合うのは容易なことではない。「短い時間の中で私たちのことを信じてもらわなければいけない」と真琴室長。養子縁組に託すと決めても「赤ちゃんを自分で育てたい思いもある」「将来的には自分で育てたい」。退院直前まで気持ちが揺れる場合もあるという。
予期せぬ妊娠に激しく動揺し、追い詰められる女性たち。誰にも知られずに産みたいと言う女性に真琴室長はこう言葉を掛ける。「せめて私にだけには身元を明かせませんか」(「ゆりかご15年」取材班)
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