「嫌疑不十分」に厳しい目 捜査の〝不備〟市民指摘 [くまもと発・司法の現在地/不起訴の陰影③]
2019年5月、菊池市の畑に戸板を不法投棄している男がいた。目撃した男性2人がとがめると、軽トラックに乗って急発進させた。運転席ドアをつかんでいた会社員の男性=当時(26)=を約20メートル引きずって倒し、脳振とうなど1カ月のけがをさせた。
男は8日後、傷害容疑で菊池署に逮捕された。山鹿市在住で、当時81歳。熊本地検山鹿支部に送致されたが、7カ月に及ぶ捜査の結果、不起訴となった。
引きずられた男性の代理人の田中芳太郎弁護士は、地検から「容疑者の故意が立証できない」と説明されたという。「それはおかしい」。男性側は熊本検察審査会(検審)に不服を申し立てた。
日本の司法制度では、容疑者を起訴するかどうかの権限は事実上、検察官が独占している。検審は、不起訴の妥当性を判断する唯一のチェック機関として、戦後に設けられた。選挙の有権者から毎回くじで選ばれる審査員11人が事件の記録を審査し、「不起訴相当」「不起訴不当」「起訴相当」のいずれかを議決する。
「嫌疑不十分という結論は納得し難い」-。熊本検審は20年6月、男を不起訴とした熊本地検の判断は「不当」として再考を促した。厳しい市民の目が検察に向けられた。
地検は「被害者が車を手で握っていたことを容疑者が認識していた証拠がない」と主張したが、検審は「ほかの目撃者らからも事情聴取すべきだ」「車から指紋を採取すべきだ」と捜査の“不備”を指摘した。
男が車で引きずった行為を認めていた点を挙げ、「発進時に被害者が車をつかんでいた認識がないというのは、社会通念上認め難い」として「容疑者に未必の故意が認められる余地がある」と結論づけた。
学校法人「森友学園」を巡る財務省幹部の決裁文書改ざん事件など、検審が「不起訴不当」を議決しても強制力はなく、検察が再捜査を経て再び不起訴とするケースは少なくない。そんな中、熊本地検は検審の議決から1年後の21年6月、男を傷害罪で起訴。熊本地裁で11月に罰金20万円の判決が言い渡され、確定した。
不起訴から一転、どんな再捜査で男の故意を立証する証拠を確保できたのか-。4月に着任した熊本地検の松永拓也次席検事は「個別の事案には答えられない」と明言を避けたが、一般論として「不起訴不当による再捜査は、より年次が上の検察官が担当する。他人の目で事件を見るためだ。検審の疑問点に答えることができれば、起訴はあり得る」と話した。
男の判決の後、田中弁護士は「車を凶器にした、殺人未遂罪に問われてもおかしくない悪質な事件。最初に担当した検察官は、その見立てがずれていたのではないか」と振り返る。被害男性は「加害者を罰することができたのは良かったが、時間がかかった」と話しているという。
(司法の現在地取材班)
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