「誰かの役に」と黒髪寄付 相模原事件に衝撃、障害ある娘と母の4年間の思い

熊本日日新聞 | 2020年11月4日 10:28

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キャプション:ヘアドネーションのために伸ばした髪を切り終え、笑顔を見せる坂本稟香さん。奥は母親の真理さん=1日、熊本市中央区(岩下勉)

 子どもの医療用ウイッグ(かつら)に活用される「ヘアドネーション(髪の寄付)」のため、知的障害のある熊本市北区の小学4年生、坂本稟香[りんか]さんが1日、腰まで伸びた髪を30センチ以上切った。きっかけは2016年に神奈川県の知的障害者施設で起きた相模原殺傷事件。「障害者でも人の役に立てるはず」と、母娘の思いを込めて伸ばし続けてきた。

 「あーっ、あーっ」。言葉は不自由だが、屈託ない笑顔の稟香さん。この日のために予約した同市の美容室を家族で訪ねた。長い黒髪が照明にキラキラと輝く。母親の真理さん(55)は「髪が気になってむしり取ろうとすることもあった。でも『お友達にあげるけん、大切にしようね』と言うと、うなずいて毎日の手入れにも協力してくれた」と振り返る。

 心臓に穴の開いた状態で生まれ、「低酸素脳症の疑い」と診断された。今はリハビリを重ね一人で歩けるようになったが、一見、障害があるとは分からず、突然大声を出して周囲にけげんな顔をされることも少なくない。食事やトイレの介助が必要で、じっとしているのが苦手だ。真理さんは「いっそ、歩けない方が楽だったかも」とすら思い詰め、我に返って自らを責めたこともあった。

 相模原の事件が起きたのは稟香さんが保育園年長の時だった。施設の入所者ら45人を襲った男は、「障害者はいらない」「(周りを)不幸にする」と身勝手に主張した。「生まれてきた意味はある」。真理さんは被害者遺族の手記の言葉と自分の思いが重なった。「娘の髪で誰かを笑顔にできるかも」。思い立ったのがヘアドネーションだった。

 家族、学校の協力を得て、ようやく伸ばした髪。4年間の思いを多くの人に知ってほしいと、熊日の「SNSこちら編集局」に声を寄せた。

 この日、稟香さんの黒髪は長さ35センチに切りそろえられた。美容室の経営者・小田千枝子さんは「染めず、パーマもかけていないきれいなバージンヘア。ウイッグを待つ子どもたちに喜んでもらえるはず」と太鼓判。切り落とした髪は、ライオンズクラブ国際協会を通じて、大阪市の民間企業の活動「つな髪」に提供される。同社は小児がんなどの子どもらにウイッグを無償提供。31センチ以上の髪20~30人分で、全頭用の一つが制作でき、毎月10人の子どもたちに贈っているという。

 4年ぶりに髪が肩までの長さになった稟香さん。真理さんは「お友達にプレゼントできてよかったね」と優しく語りかけた。(原大祐)