北里柴三郎博士顕彰事業「新型コロナウイルス感染症を考える」

「NO!!3密」守り、社会挙げて健康守る

 新札の顔・北里柴三郎博士顕彰事業として、「新型コロナウイルス感染症を考える」と題する講演会が3月29日、熊本市中央区の熊日本社であった。感染拡大防止のため聴衆を入れず、講演採録を当ページの他、4月8日付熊日朝刊紙面で掲載。あわせて講演動画を熊日YouTubeで公開する。主催は公益財団法人肥後医育振興会、熊杏会(熊本大学医学部同窓会)、化学及血清療法研究所、熊日。後援は県医師会、熊本市医師会。

 熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター教授の松下修三氏と同大大学院生命科学研究部呼吸器内科学講座教授の坂上拓郎氏の2人が座長を務め進行。

 県内の3人の医療関係者が同感染症の対処法などについて解説した後、熊日読者から事前に募集した質問に答えるコーナーも設けられた。

※3月29日収録時点での内容となります。

【座長あいさつ】感染症との闘い続け、克服した人類の歴史

熊本大学ヒトレトロウイルス学
共同研究センター 教授 松下修三氏
熊本大学大学院生命科学研究部
呼吸器内科学講座 教授 坂上拓郎氏

 人類の歴史は”感染症との闘いの歴史”と言っても過言ではありません。明治時代にようやく伝染病の病原体が明らかになり、北里柴三郎先生ら先人の努力によって治療法や予防法が開発されました。医学の進歩で、近年は細菌感染に対する抗生物質、ウイルス感染に対する予防ワクチンや抗ウイルス薬などが登場しました。一方で、エイズやエボラ出血熱を発症させる致死的なウイルスも次々と現れ、今は新型コロナウイルスの脅威にさらされています。

 新型コロナウイルスの感染経過を振り返ると、昨年12月27日に原因不明の肺炎の症例が中国で報告され、1月1日、武漢の海鮮市場が閉鎖、23日に武漢市、24日にその他の中国15都市が封鎖されました。世界保健機関(WHO)は31日、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言。2月に入り日本に寄港したクルーズ船内で感染者が増え、国内では11日以降、各地域で感染者が増え続けています。感染は瞬く間に世界中に広がり、WHOは3月11日、「パンデミック(世界的大流行)」を宣言。イタリア、イラン、スペインなどでは医療崩壊が起き、感染による死亡率が10%以上という状況です。感染拡大は続いており、感染に気付かない人が周囲に感染を広げている可能性があります。

 本日は私たちが今、どんなウイルスを相手にしていて、どう対処すればいいのか、専門家の皆さんからお話しいただきたいと思います。


 

 

 

 

 

【講演1】見えない敵-新型コロナウイルスにどう立ち向かうか

感染経路に十分注意して 正確な情報の共有も重要

熊本大学大学院生命科学研究部
微生物学講座 准教授 前田洋助氏

 ウイルスは遺伝情報を持つ無生物です。宿主である生物に寄生して生物の細胞内で増殖し、細胞を破壊して病気を発症させます。宿主の免疫力が落ちれば、病原体の量が少なくても発病します。そのため高齢者や小児、妊婦のほか、病気を持っている人は特に注意が必要です。

 新型コロナウイルス感染症には、感染から発症までの潜伏期や、感染しても発症しない不顕性感染などの特徴があるため、感染を自覚せずに周囲に感染を広げる危険性があります。

 感染がどのようにして起こるかというと、まず飛沫[ひまつ]感染が挙げられます。せきやくしゃみをすると、その飛沫が2メートル以内に飛んで感染を広げます。また、ウイルスがドアノブや手すり、つり革などに付着し、それに触れた手で目や口、鼻に触って感染する接触感染もあります。そのほか、エアロゾル感染といって、飛沫が蒸発して空中に浮遊する空間での感染もあるようなので、換気が重要になります。

 診断には新型コロナウイルスの遺伝子を人工的に増やして検出する「PCR検査」が用いられます。治療は対症療法を中心に既存薬を使った治療も行われており、ウイルスが細胞に吸着するのを防ぐ、細胞内への侵入を阻害する、細胞内に侵入したウイルスの遺伝子複製やタンパク質の組み立てを妨げる、などの治療法が試されています。

 ワクチンの開発も進められていますが、最短でも1年半、実際に接種が行われるにはそれ以上かかると考えられます。

 現状は正確な情報を共有して、必要以上に不安にならないことが重要だと考えています。

新型コロナウイルスの感染経路を示す概念図

 

 

【講演2】新型コロナウイルスのパンデミックに対してどう行動するか

手洗いとマスクの着用を せきエチケットも守って

桜十字病院 副院長 吉永健氏

 新型コロナウイルス感染症について臨床医の立場から話します。まずウイルスに感染すると、数日してから発熱やせき、倦怠[けんたい]感など、かぜの症状が出ます。味覚や嗅覚の障害が先行するという報告もあります。一部の人は呼吸困難になり、肺炎が重症化します。特に高齢者や基礎疾患を有する人、喫煙者などは重症化のリスクが高まります。

 しかし感染者の80%は軽症または無症状で推移します。そのため、感染を自覚しないまま周囲に感染を広げることになり、それがこの感染症の流行防止を困難にしています。

 感染予防で特に心掛けてほしいのは、せっけんやアルコール消毒液などによる手洗いです。せきなどの症状があればマスクの着用を。せきやくしゃみが出るとき、手のひらで口をふさぐと、その手で触ったドアノブなどにウイルスが付着して感染を広げることにつながるため、「せきエチケット」をぜひ心掛けてください。

 感染の広がりを見ると、現時点ではクラスター(小規模集団)感染が主であり、オーバーシュート(感染爆発)に至っていませんが、大都市を中心に感染経路が不明な感染者が増加しています。そこで今後も感染予防に対する高い意識を持ち、予防行動を維持する必要があります。(1)密閉=換気が悪い空間(2)密集=手の届く距離に多くの人がいる(3)密接=近距離での会話や発声、といった3つの「密」を避け、不要不急の外出を控えることが求められます。

 

 

【講演3】明治の感染症と北里柴三郎博士

偉大な先人の苦闘を学び 新たな脅威に立ち向かえ

熊本大学名誉教授 二塚信氏
破傷風菌の純粋培養に成功した北里柴三郎博士(学校法人北里研究所提供※転載禁止)

 新型コロナウイルスの脅威にさらされている今、われわれは過去に感染症と向き合った先人、北里柴三郎先生の業績を振り返る必要があると思います。

 北里先生は江戸時代末期の1853年、現在の阿蘇郡小国町北里で代々庄屋を務める家に生まれました。69(明治2)年に熊本藩の藩校「時習館」に入寮、翌々年に今の熊本大学医学部につながる熊本医学校に入学してオランダ人医師マンスフェルトに師事し、医学への道を志したそうです。その後現在の東京大学医学部となる東京医学校に入学し、83(明治16)年に卒業します。

 ドイツ留学後はベルリン大学のコッホ研究室に入り、89(同22)年に破傷風菌の純粋培養に成功。その毒素に対する免疫抗体を発見して世界初の血清療法を確立し、世界的な研究者として知られました。91年に帰国し、福澤諭吉らの支援により私立伝染病研究所を創立します。

 北里先生が生きた当時の"死の病"は結核とかっけで、コレラ、赤痢、腸チフス、痘瘡[とうそう](天然痘)などの感染症も数年おきに大流行し日本全国に多くの死者が出ています。

 そんな時代の中、北里先生の師であり、熊本医学校の同期生でもある東京帝国大学医科大学の緒方正規教授が、かっけは細菌が原因と主張します。しかし北里先生はそれを批判しました。1904~05年に起きた日露戦争中のかっけ患者数は25万人で死者数は2万7800人、戦死者は4万7000人でした。東京帝大を卒業した森林太郎(鴎外)が医務局長を務めた陸軍はかっけ細菌説を支持したのに対し、海軍軍医の高木兼寛は食事が原因であるとして、米に麦を混ぜ、野菜を多く食べるようにしました。結果、日露戦争の戦死者でかっけによる死者の99%を陸軍が占めたそうです。

 北里先生は帰国して2年後、中国で大流行するペスト(黒死病)を調査するため、東京帝大の青山胤通[たねみち]教授と共にペストが流行する香港に赴いています。そこで先生は、(1)感染症には原因となる病原体がある(2)病原体を抽出して動物で再現する(3)発症した動物から病原体を確認する、という「コッホの3原則」を適用し、調査3日目にして病原体であるペスト菌を発見したのです。しかし、解剖を担当した青山教授がペストに罹患[りかん]したため、先生は香港に残り、青山教授を支えました。その間、フランスのパスツール研究所の細菌学者イェルサンも香港でペスト菌を発見したため、後に両者による発見とされました。

 また北里先生は当時、治療法がなかった結核に対する専門病院を設立。そこで適用したツベルクリン反応は結核の診断に大いに役に立ちました。

 われわれは細菌学の第一線で活躍された先人、北里柴三郎先生の苦闘に学び、今は新たな感染症に立ち向かわなければならないと思います。

 

 

Q&Aコーナー

手洗いは"30秒以上"かけて 検査と治療、態勢整備が必要

熊日読者から寄せられた質問に答える登壇者ら

【感染予防について】

 使い捨てのマスクを洗濯して使っています。大丈夫ですか。
 使い捨てマスクの再使用はお勧めできません。布製マスクは洗濯すれば再使用できます。ぜひ手作りしてください。(吉永)

 おしぼりで手を拭くことに予防効果は。
 おしぼりで拭く程度では付着したウイルスが十分に除去できないため、きちんと手洗いをしてください。(吉永)

 手洗いとアルコール消毒のどちらが効果的ですか。
 手洗いは汚れも落とせ、非常に有効ですが、30秒以上の時間をかけてください。時間がない場合はアルコール系の消毒剤で手をもみ洗いします。どちらも正しく使えば有効です。(吉永)

 散布剤にはどのような薬剤を使えばよいですか。
 テーブルやドアノブなどには濃度0.1%の次亜塩素酸か、60%以上のエタノールを用い、紙タオルでよく拭き取ると有効です。(前田)

 テーブルなどの殺菌にアルコールスプレーを使う際は、布巾で拭き取った方がよいですか。
 紙タオルかティッシュペーパーで拭き取るとよいと思います。布製布巾は通常の洗剤で洗濯するか56度以上の熱湯に20分以上浸したものなら大丈夫です。(前田)

 狭い室内では温度や湿度をどのくらいに設定すればよいですか。
 高温・多湿に対する新型コロナウイルスの耐性を示すデータはまだありません。

【ウイルスの変異について】

 現時点で有効とされているエタノールや次亜塩素酸に対し、新型コロナウイルスが耐性を持つようになることはありますか。
 エタノールや次亜塩素酸はウイルスの構造自体を壊すため、ウイルスが耐性を持つようになることはありません。(前田)

【ウイルス除去の効果について】

 紫外線による機器消毒は効果がありますか。
 効果はあると思います。なお、自然の太陽光を浴びるだけでは十分な効果がありません。(前田)

 空気清浄器は有効ですか。
 きちんとした使い方をすればよいかもしれませんが、有効性を証明する医学的なデータはありません。(前田)

【感染経路について】

 硬貨や紙幣を介して感染する可能性は。
 医学雑誌の記事によるとウイルスは、ステンレス上では5日以上生きているそうです。銅は4~8時間、ダンボールは24時間以内に感染性が消失するようです。硬貨や紙幣に触った後は、よく手洗いすることが大切ですが、過剰に心配する必要はありません。(前田)

【感染の診断について】

 マスコミでPCR検査の必要性が取り上げられています。現在の状況について、どう考えればよいでしょうか。
 日本の医療体制下では、直ちに全国的な感染検査を実施する状況ではないと考えられています。「重症患者を治療につなげて死に至らせない」という目標に向かい、限られた医療資源が充てられているのでしょう。「帰国者・接触者相談センター」が設置された保健所の現場は多忙で、職員が消耗している状況にあるため、センターを介さずに循環器科や呼吸器科の専門医から直接、検査につなげられるようにする必要があります。ただ、そうなった場合、病床が足りなくなる可能性があるため、検査と治療のバランスを取り、全体をコントロールする機能が求められます。(二塚)
 医療の専門家だけでなく医療政策の担当者も含め、一元的な対応ができる態勢整備が必要です。(吉永)

 

【座長総括】周囲に広げない行動が大切

 新型コロナウイルス感染症は、主に飛沫感染と接触感染を原因に発症します。感染者の約80%は軽症または無症状ですが、約5%は重症化して人工呼吸器、集中治療室での管理が必要になります。感染者が増え続ければ、地域医療の崩壊を引き起こす可能性があります。こうした状況を劇的に変えるのは予防ワクチンや抗ウイルス治療薬の開発ですが、それには時間がかかります。

 私たちができることは、手洗いやマスクの着用、共同で使用する物品の消毒などの衛生管理、そして(1)換気の悪い"密閉"空間(2)多数が集まる"密集"場所(3)間近で会話や発声をする"密接"場面、という3つの「密」を避けることです。また、感染していても症状が出ない不顕性感染もあるため、常に「自分も感染するかもしれない」という意識を持ち、周囲にも感染を広げない行動が大切です。

 現在は、病床数など地域の医療対応の限界を超えないよう、オーバーシュート(感染爆発)を防ぐことが大変重要です。そのためには50歳未満、特に若い世代の「NO!!3密」の順守が鍵を握ります。感染拡大により、われわれがこれまで普通だと思っていた安全・安心な社会が脅かされています。今は地域社会を挙げて、健康を守っていくことが大切です。今回の講演会のことをぜひ、周囲に伝えていただきたいと願っています。

〈座長略歴〉

松下修三(まつした・しゅうぞう)氏
熊本大学医学部卒。米国国立がん研究所でエイズウイルス(HIV)抗体の研究に従事。日本エイズ学会理事長、国際エイズ学会運営評議員。

坂上拓郎(さかがみ・たくろう)氏 
新潟大学医学部卒、同大講師を経て現職。内科学会・呼吸器学会・アレルギー学会の専門医・指導医。

〈講師略歴〉

前田洋助(まえだ・ようすけ)氏 
熊本大学医学部卒。同大大学院でHIV研究をスタート。米国国立がん研究所でのHIV薬剤耐性の研究を経て現職。

吉永 健(よしなが・たけし)氏 
熊本大学医学部卒。同学部第2内科、熊本中央病院勤務を経て現職。専門は呼吸器診療。日本呼吸器学会専門医、県保険医協会理事。

二塚 信(ふたつか・まこと)氏 
熊本大学医学部卒、公衆衛生学を専攻。同大教授、九州看護福祉大学学長などを経て現職。熊本機能病院顧問。